受賞記念寄稿


「平成19年度日本化学会学術賞の受賞にあたって」 江幡 孝之

「第7回インテリジェント・コスモス奨励賞を受賞して」 福田 貴光

「第20回 有機合成化学協会万有製薬研究企画賞,平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞,ACP-ICCEOA-3 レクチャーシップ賞(中国およびシンガポールの2賞)を受賞して」 磯部 寛之

平成19年度日本化学会学術賞の受賞にあたって


広島大学大学院理学研究科化学専攻 教授 江幡 孝之


江幡先生

 広島大学に赴任してすでに4年経過し、5年目になりました。ご存知の先生方も多いと思いますが,広島大学は広島市内から40kmほど東の東広島市に位置し、広島市内からは、車、バス、電車のどれを使っても1時間ほどかかります。広島とは気候も少し異なり、夏は広島市よりは涼しく、冬は結構寒く雪も降ります。最寄りの駅は山陽本線の西条駅か山陽新幹線の東広島駅で、どちらの駅からも車で10分ほどかかる郊外です。というわけで、仙台市のど真ん中にある東北大学とは、いろいろな意味で環境が異なります。

 そのような場所に,私は平成16年4月に教授として赴任しました。折しも平成16年は国立大学が法人化された年で、いろいろ苦労(心労)がありました。例えば、それまでは国立大学間の装置、備品の移動は移管手続きですみましたが、独立法人化されると装置、備品は各大学の財産になるので貸与という形になり、また装置の移設のための費用の捻出など、様々な心労が伴いました。ともかく、最終的になんとか無事に装置を移設することができました。これも一重に量子化学研究室の各先生(退職された三上直彦先生や、藤井朱鳥先生、石川春樹先生、前山俊彦先生)の暖かい援助と協力のたまもので,本当に心から感謝しています。また、今回学術賞を受賞できたのも、移設した装置があったからこそです。

 私は東北大学ではさまざまなレーザー分光を駆使し、気体分子や分子クラスターの非線形レーザー分光を行ってきました。特に、波長可変の赤外レーザー光や誘導ラマンによる振動励起と、紫外レーザーを組み合わせた二重共鳴振動分光は分子クラスターの振動構造や振動状態ダイナミックスの研究にきわめて有効であり、量子化学計算との併用でクラスターの幾何構造を決める研究手法は、分子クラスター研究の世界標準といって過言ではないでしょう。広島大学には現在神戸大学で学振のPDをしている山田勇二君が一緒にきてくれました。装置の引っ越し、立ち上げや、他の研究室で使っていない装置を借りにいくなど、様々な努力をして、ようやく夏頃から実験を始めることができました。広島に来て研究を進めるにあたって考えていたのが、これまで培った手法をアミノ酸などの生体に関連した分子のコンフォメーションや水和構造の解析に適用することと、何かもう一つ研究の目玉となる新しいテーマを生み出すことでした。いろいろ模索していたところ、広島大学の化学専攻有機化学の研究グループで合成していたカリックスアレンとクラウンエーテル化合物に目をつけました。カリックスアレンやクラウンエーテルは超分子や包接分子と呼ばれ、いろいろなゲスト分子を取り込み、また分子認識を示す分子としてよく知られています。このとき分子間に働く力がファンデルワールス力や水素結合なので、超音速ジェットとレーザー分光による研究対象として理想的であることに気がつきました。これに気がついたら。早く実験をやりたくて仕方がありません。しかしながら,これら包接化合物の分子量が大きいために気化して超音速ジェットにするには、特別のノズルが必要です。たまたま、フランスで開催されたゴードン国際会議に出席し、南パリ大学を訪問したおりに高耐熱性のポリイミドを見せてもらい、それに自分のオリジナルのアイデアを加えて高温パスルノズルを作成しました。こちらの金属加工室の職員の方にいろいろな試作品を作ってもらい、約1年でデータを出せる高温パスルノズルが完成しました。金属加工室の職員の方には心から感謝するとともに、大学における支援施設の重要性を強調したいところです。

 作った高温パスルノズルで、芳香族アミノ酸、カリックスアレン、ベンゾクラウンエーテル類とその水和クラスターや包接クラスターの超音速ジェット分光、二重共鳴振動分光を行い、200702008年の間に研究内容がPhys. Chem. Chem. Phys. の表紙に3回もcover picture として掲載されるなどの成果を出すことができました。このテーマは広島大学に来たことで芽生えたもので、一カ所で研究生活を終えるのではなく、新天地に赴き研究環境を変える大事さを実感しています。まあ、東北大学にいたら違った成果を出せたかもしれません。しかしながら,何かをしないで後悔するよりも、やって失敗あるいは成功する方が自分で納得できます。今後とも自分の研究・教育生活でこの精神を貫いていきたいと思っています。私の研究グループは、現在学生のトップがM2で、まだまだ発展途上の研究室です。1昨年の2月に東大から井口さんが准教授で我々のグループに加わり、研究の幅も広がりました。なんとか博士課程に進学希望の学生を育てていかなくてはいけません。

 私は、昨年から理学研究科副研究科長を担当しています。4年生を含む学生の研究指導、教育、外部資金調達、大学運営、その他もろもろ、すべてをこなさなくてはいけませんが、充実しているのは確かです。当たり前だという先生方も多いと思いますが,私は今でも現役でレーザーを調節し実験し、論文を書いています。研究・教育両面で現在広島大学のおかれた状況は、決して安心はできません。自分の力はたいしたことはありませんが、少しでも広島大学あるいは理学研究科の発展に貢献できればと思っています。

 最後になりましたが、理学研究科化学専攻をはじめとする東北大学化学の益々の発展を祈っています。


江幡先生研究室

パリ南大学光物理学部門主任研究員C. Jouvet氏C.Dedondor-Lardeuf氏来訪時 撮影。

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第7回インテリジェント・コスモス奨励賞を受賞して


福田 貴光


 この度、第7回インテリジェント・コスモス奨励賞を受賞いたしました。本賞は財団法人インテリジェント・コスモス学術振興財団により与えられるもので、「広く学術振興を図るため、科学技術分野において独創的で優れた研究テーマを持つ、将来有望な若手研究者に対し奨励賞を授与する(財団HPより抜粋)」というものです。今回の受賞タイトルは「新規共役構造を有するフタロシアニン型光機能分子の開発」で、学部学生の時分から足掛け10年続けてきた研究テーマに対する評価を頂き、大変光栄に思っております。特に、平成14年に東北大学教員となってからは、多くの学生が研究を共にしてくれたことで、貴重な研究成果をたくさん得ることができました。改めて感謝する次第です。

 私は、平成9年に小林長夫先生の研究室(機能分子化学研究室)に配属させていただきましたが、配属と同時に1年間の留学生活を送りましたので、実際には平成10年の秋からフタロシアニンを題材とした研究活動を開始しました。フタロシアニンは大きなπ電子系を有する平面型の化合物で、色材として優れた特性を持つために古くから工業的に生産されているものです。一方で、フタロシアニンの持つ分光特性や分子構造は理学的な立場からも大変興味深い特徴を有しています。社会に広く受け入れられ、役に立っている分子を発展させて、新しい化合物を創造し、その特性を明らかにしたい、という興味からこれまでに、新しいフタロシアニン合成法の開発に始まり、共役構造の対称性を変化させたもの、共役構造に歪みを与えたもの、炭素クラスターと複合化したものなど、ユニークな構造を持つフタロシアニンの合成と性質を報告してきました。新しい分子構造が示す、新しい分子特性・分子機能の探求への興味が研究活動の推進力となっています。特に最近では,これらの化合物が近赤外吸収特性を示すことや、赤色発色することなど興味深い特性も次第に明らかになってきており、理学研究と社会との橋渡しとなるような研究活動に微力ながら一役を担うことができたのではないかと考えております。

 最近の化学棟改修工事に合わせて、小林研究室もこれまでの総合研究棟から、新しい化学棟の7階へと引越しを行いました。思い出の詰まった研究室を離れることには寂しさも感じましたが、これまで不便を感じていた点も解消され、非常に充実した研究設備となりました。今後とも、学生の皆さんと化学を楽しみつつ、これまでの枠を超えて、機能分子という広い枠で自身の研究を捉えなおしていきたいと考えております。

 最後になりましたが、本研究テーマと恵まれた研究環境を与えていただきました小林長夫先生に深く感謝いたします。また、これまでの研究生活を多面的に支えていただきました小林研究室のスタッフの皆様、学生のみなさん、そして筆者が職員として最初の5年間を過ごしました東北大学大学教育研究センター(現 東北大学高等教育開発推進センター)の方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。


第7回インテリジェント・コスモス奨励賞

奨励賞授与式にて。前列左2番目が筆者。

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第20回 有機合成化学協会万有製薬研究企画賞,平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞,ACP-ICCEOA-3 レクチャーシップ賞(中国およびシンガポールの2賞)を受賞して


磯部 寛之


 平成20年度に表題の賞を頂きましたのでご報告させていただきます.有機合成化学協会の研究企画賞は,萌芽的研究提案に対し,冠名にある賛同企業から研究助成をいただけるという,研究室立ち上げ時の身にとって大変ありがたい賞です.万有シンポジウムの開催される仙台において同社からご支援を頂けたことは,「ここでがんばりなさい」と力強く後押し頂いたように感じております.若手科学者賞は,東京大学中村栄一教授の下で展開してきた一連の研究に対して「ナノカーボン分野における機能性化学修飾分子に関する研究」として頂いたものです.研究内容は,着任のご挨拶の折りに簡単に紹介させていただいておりますので割愛させていただきますが,研究の苦楽を一緒に楽しませていただいた,中村先生をはじめとする多くの共同研究者の方々に改めて感謝申し上げます.科学技術週間での授賞式は「若手」以外の文部科学大臣表彰とともに行われ,多くの研究者のすばらしい業績に身の引き締まる思いでした.

 ACP-ICCEOA-3での賞は,日本学術振興会アジア研究教育拠点事業(Asian Core Program, ACP)の支援の下,中国杭州で開催されたシンポジウム第3回International Conference on Cutting-Edge Organic Chemistry in Asia(ICCEOA-3)においていただいたものです.仙台に来てからまとめた新しいDNA類縁体に関する研究に対する賞で,中国およびシンガポールでの講演旅行をさせて頂くことになりました.この研究は,ともに東京大学から来仙した藤野智子助教と始めたものです.着任と改装にともない計3回もの引っ越しを経た研究室の立ち上げの中で,自身の実験の時間を探し出すという「魔術」を繰り出した藤野助教にとくに感謝申し上げたいと思います.最後になりますが,同窓会の皆様の尚一層の御指導と御鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます.


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