寺前先生ご退官に寄せて
荒船 博之
寺前先生ご退官おめでとうございます。多くの先達をさしおいて私が筆を執るのは畏れ多いことですが、寺前研最後の博士課程の学生として今回寄稿いたします。
私が寺前研に配属されたのは研究室のCRESTプロジェクトが終盤の時期で、その頃は中国やインド、エジプトなど海外からのポスドクや学生が数多く在籍しておりました。研究室の半数近くが留学生だった時期もあり、核酸とナノ2つのグループが共存していた研究面においてもそうですが、当時から常に新しいものを取り入れようとする気概を寺前先生から感じます。その一方で、国籍から研究内容からバラバラの研究室全体にはアットホームな雰囲気が広がっており、これは現在でも脈々と継承される分析化学研究室の特徴の一つです。このような研究室を作り上げていたのは寺前先生ご自身の懐が深く、見識の広いお人柄によるものが大きかったのだと、寺前研を離れて改めて思います。
寺前先生のお人柄についてまたふと考えてみますと(「ふと考えたときに」はセミナー中の先生の質問の枕詞でした)先生は常に教育者たる振る舞いをされている、ということが思い浮かびます。自学の尊さを半強制的に自覚させられる他の講義に比べ、先生の講義資料は「これ生協で販売できるんじゃないか」と思える情報量で、今でも困ったときに見返しています。セミナー発表中でも、先生が怒鳴っていた記憶はなく、常に諭すような口調でコメントされます。「自分の研究が世界の中でどういった立ち位置にあるのか」「何が新しいのか」「最終的な出口はどこにあるのか」「それらをどのように論文にまとめるか」それを分からんで実験してもしょうがないとよくお叱りを受けました。
少し研究の話から逸れますが先生の見識の広さは食事についても遺憾なく発揮され、特にお酒について手放しに褒めることは私の記憶上まずありませんでした。例年、芋煮の時期がちょうど先生の誕生日と重なることもあり、研究室から毎年日本酒をプレゼントしています。その際、お酒を口に含んだ先生から「うん、まあまあやな」というお言葉。これを引き出せるかどうかが分かれ目です。今後、またお目にかかる機会もあるかと思いますが、その際には「まあまあ」以上の食事とお酒を交わしつつ、お話を伺いたく存じます。
配属から6年半にわたり、研究指導も含めて多くのご面倒をおかけし、更に多くのお言葉をかけて頂きました。この場をお借りして深く感謝申し上げます。今回の退官が、大学・研究機関とはまた異なる人々に先生のお言葉が伝わるきっかけになればと思います。寺前先生、改めてご退官おめでとうございます。