会員、教員受賞記念寄稿
日本化学会学術賞を受賞して
「超炭素鎖天然有機化合物の構造決定,化学合成,および生物活性評価」という研究題目で,日本化学会第36回学術賞(平成30年度)を受賞致しました。大変名誉なことであり,これまでにお世話になった方々に厚く御礼申し上げます。
私が東北大学理学部化学科に入学したのは,今から36年前(1983年,昭和58年)になります。天然物の全合成に憧れ,有機分析化学研究室(指導教員:伊東椒東北大学名誉教授)の門を叩きました。与えられたテーマは,全合成研究ではなく,不斉合成反応開発の研究でしたが,博士の学位をこのテーマで取得しました(指導教員:平間正博東北大学名誉教授)。その後,同研究室の助手に採用して頂き,天然物の全合成に携わりました。東北大学農学部の安元健東北大学名誉教授,村田道雄教授(現在,大阪大学)らとの共同研究をきっかけに,食中毒シガテラの原因毒であるシガトキシンの構造決定,特に,シガトキシンCTX3Cの全合成に携わる機会を得たことは,その後の研究を行う上で大きな糧となりました。2000年に,大阪大学大学院理学研究科化学専攻の村田道雄教授の研究室に転出して准教授を経た後,2010年から現在所属している九州大学大学院理学研究院化学部門の教授として着任しました。
海洋微生物の一種である渦鞭毛藻は,特徴のある構造と生物活性を有する天然有機化合物を産生することが知られています。特に分子量が1,000を超えるものは超炭素鎖化合物と呼ばれ,アンフィジノール3(分子量 1328)やマイトトキシン(分子量 3422)など非常に強力な生物活性を示すものが存在します。これらの化合物は,天然から極微量しか得られず,また構造が複雑で巨大な分子であるため構造決定には大きな困難を伴いました。特にアンフィジノール3は直鎖状の化合物であり,自由度の高い鎖状部分に多くの不斉中心を有することから,一部の立体化学に関して再確認すべき点が残されていました。私が大阪大学の村田研究室に移った時,合成化学的なアプローチからアンフィジノール3の立体化学の確認を行うプロジェクトを立ち上げました。すなわち,構造決定が困難であった部分に関する両ジアステレオマーを化学合成し,天然物のスペクトルデータと比較することで,アンフィジノール3の正しい構造を明らかにすることができました。また,改訂された構造をもとに世界初の全合成を達成することができました。現在は,構造活性相関研究に基づいた簡略化人工アナログ分子の開発や生物活性発現機構の解明,および化学合成に基づいたマイトトキシンの生物活性発現機構の解明に取り組んでいます。
アンフィジノール3の平面構造が最初に報告されたのが1996年,絶対配置が決定されたのが1999年であり,20年以上の歳月を経てようやく真の構造を明らかにすることができました。シガトキシン,アンフィジノール3,マイトトキシンに関する研究の出発点は仙台であり,安元健東北大学名誉教授の研究グループにその源流があります。長期的展望による粘り強い研究ができるのは,「研究第一主義」という東北大学の伝統によるものであると確信しており,そのDNAを引き継いでいくことが責務であると感じています。本受賞の対象になった研究成果は,大阪大学大学院理学研究科の村田道雄教授,九州大学大学院理学研究院の松森信明教授,東北大学東京大学大学院理学系研究科の佐竹真幸准教授,および日夜実験に励んでくれている学生諸氏との協力によって達成されたものであり深く感謝します。最後になりましたが,私の恩師である平間正博先生の日本学士院賞(令和元年)ご受賞にお祝いを申し上げると共に,東北大学理学部化学教室の益々のご発展をお祷りします。(令和元年10月21日記)