平間正博先生日本学士院賞受賞特集



日本学士院賞を受賞してー「地の利・人の和・好奇心」 平間 正博

平間正博先生,日本学士院賞ご受章おめでとうございます 大石 徹


日本学士院賞を受賞してー「地の利・人の和・好奇心」

平間正博(昭和45年卒)

    

この度、平成31年度日本学士院賞を受賞いたしました。これも、ひとえに30年近くにわたりご支援いただいた化学教室の皆様や、優秀な学生と共同研究者に恵まれたお陰であり、心から感謝いたしております。授賞式は令和元年6月17日に上野の日本学士院で行われ、天皇皇后両陛下に研究説明を申し上げ、御下問に回答する名誉に浴しました。その後、宮中茶会でも両陛下や秋篠宮家の皆様と研究等について身近にお話しする機会を与えられ、最後に文部科学大臣主催の晩餐会で締めくくるという、晴れがましくも長い緊張が続いた一日でした。

授賞理由は、「シガトキシンを始めとする複雑な構造を有する生理活性天然物の全合成研究」です。9員環エンジイン抗ガン抗生物質を始めとする多数の複雑な生理活性天然物の独創的な全合成法を開発し、従来の全合成研究の枠を超えた、他分野や社会にも貢献する新しい天然物合成化学を展開したと評価されました。特に、地球温暖化に伴い世界中で深刻化している海産物中毒シガテラの原因毒で、巨大で複雑な構造を持つシガトキシン類の全合成を完成できたこと、そして、構造と毒性の関係も明らかにしたほか、無毒の合成中間体を抗原用ハプテンとして用いた信頼性の高いモノクローナル抗体作成法を開発し、高感度毒魚検定イムノアッセイ法や中毒治療への道を開くことができました。合成シガトキシン類は毒素同定の標準試料や神経生理学研究試薬として国内外へ提供されています。一方、シガトキシン検出用イムノアッセイキットは、仙台の(株)セルサイエンスの佐藤威社長によって製造・実用化され、富士フィルム和光純薬(株)から販売されています。これらの研究は、化学の基礎研究が学問分野や国境も越えて人類の健康と福祉へ貢献できることを実証したものだと、少し大げさですが考えています。

振り返ってみますと、1989年(昭和64年)1月1日に伊東椒先生の有機分析化学講座(研究室)を引き継いだ時に考えたのは、「地の利・人の和・好奇心」を大切にして天然物合成を中心にした研究を進めて行こう、ということでした。私は生来、興味を持ったことには猪突猛進する直情径行型の人間であり、軽率短慮で、広い立場から考えない性質です。助手時代には、日化東北支部コロキウム開催の補助金に関する会議で、私の発言が「有機系の利益だけを考えて、他分野のことを考えていない」と物理化学の中島威先生からきついお叱りを受けたほか、伊藤光男先生からもいろいろな場面で「生意気だ」とお叱りを受けておりました。(しかし、その後、伊藤先生には折に触れて暖かな激励を頂戴しました。若い時に頂いた厳しいお言葉は、私を息子のように思っていただいていたからであったと三上直彦先生から伺いました。)伊東先生が1988年に退官される時には、私の気性を案じて、下のような箴言の額を置いて行かれました。以来、物事は広く、他人の利益にもなるように考えて行動しなければならない(人の和)と自戒するようになりました。

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ところで、自分が面白いと思った研究は、同時期に世界の別なところでも同じような考えを持つ人がいるものです。「地の利」を生かして情報を得やすい仙台産の生理活性天然物を研究対象に選ぶことによって、早く深く研究対象に取り組むことができると考えました。そして、研究は一人ではできません。学生さんや若い職員の皆さんが頑張ってくれないことには先に進みません。私も教授になって数年こそは細かな合成ルートから反応まで指示したことがありました。しかし、間もなく、大筋の目標だけ決めた後は、細かいことは学生や若い職員の創意工夫に任せるようになりました。また、学内外の共同研究者と円滑な共同研究を進めて、学際的な研究が展開できるように「人の和」に努めました。そして、「好奇心」を大切にして、合成だけで終わらずに、面白そうだ、学術的に大切そうだと思うことはどんな分野でも協力者を見つけて追及し挑戦していくことにしました。私の研究テーマは、主にシガトキシンと9員環エンジイン抗生物質の合成研究ですが、それぞれ実に多くの先生方・研究者の方々との出会いと縁で始まったものであり、助けていただきました。シガトキシンの研究は、前任地の(財)サントリー生物有機科学研究所勤務の縁で知り合った東北大農学部の村田道雄助手(現大阪大学教授)が安元健教授との共同研究を取り持ってくれたことから始まり、全合成の前半は大石徹助教(現九州大学教授)、後半は井上将行准教授(現東京大学教授)が中心になって展開してくれました。抗体を作りたいと考えたときには、抗体触媒の研究をしていたMIT正宗悟研究室同窓の円谷健博士(現大阪府大教授)と、国分町のBarで知り合った蛋白工学研・生物分子工学研の藤井郁雄博士(現大阪府大教授)が相談に乗ってくれ、大栗博毅助教(現東京農工大学教授)がデザインし合成した抗原を用いて抗シガトキシン抗体とシガトキシン検出用ELISAを開発してくれました。ELISAキットの実用化は、石田名香雄元総長主催のTURNSという学部横断型の学内研究会に参加していたおかげで、佐藤威(株)細胞科学研究所社長(現(株)セルサイエンス社長)を石田先生に紹介していただきました。その石田先生との縁は、9員環エンジインのネオカルチノスタチンクロモフォアの構造を決めた石田先生の弟子で東北大学病院薬剤部の江戸清人助手にネオカルチノスタチンについて教えを乞うために薬剤部を訪ねたことから始まりました。ネオカルチノスタチンに続いて、ケダルシジンを発見したBristol-Myersの小西正隆博士には、9員環エンジインクロモフォアを含むC-1027を発見した大鵬薬品の大谷敏夫博士を紹介してもらいました。9員環エンジインがパラベンザインビラジカルと平衡になっていることが分かり、ビラジカルの意外な化学的特性が分かってきてESRが測定できるはずだと考えたときには、多元研の秋山公男准教授が助けてくれました。
また、抗寄生虫薬アバーメクチンの発見でノーベル医学生理学賞を受賞された大村智先生(現北里研究所特別栄誉教授)とは、私が教授昇任の前年、助教授として一人で研究室に残っていた時に気分転換のために参加した、フランスアルプスの麓Aussoisのアバーメクチンに関する国際会議で初めてお会いしました。以来、アバーメクチン以外のことでも、言葉に尽くせないくらい大変お世話になっています。

振り返ってみますと、ほかにもたくさんの研究者、先生方にお世話になりました。教授になりたてで科研費が取れなくて四苦八苦していた頃、櫻井英樹先生には重点領域研究への私の申請書の不備をかばっていただきました。2002年5月15日には、京都で開催された質量分析討論会でMALDI-TOFMSの全合成への応用について話すように言われて京都へ行き、脳出血で倒れました。ちょうど、同会議に特別講演で帰国された中西香爾先生を囲む宴会の席でした。中西先生は、サントリー生物有機科学研究所所長兼務時代に、米国留学3年の後、職を探していた私を研究所に採用してくれました。更に、独立して初めて自分で考え実験し書いた最初の論文(コンパクチンの全合成:JACS)の英文添削までしてくれました。左半身麻痺から復帰するまでの3か月の入院と、2012年12月に杖を突かずに歩けるようになるまでの体調不良の10年間は、井上将行准教授(現東京大学教授)や山下修治助教(現三菱ケミカル(株))をはじめとする若い職員や、学生さん達が研究室を支えてくれました。退職する前年の3月11日には東日本大震災で実験室が壊滅的な被害を受けましたが、山下講師や学生さんの頑張りと学外の研究室(特に理研の袖岡研究室)の手助けにより乗り切ることができました。秘書の扇直美(旧姓加茂)・山岸晃子(旧姓佐藤)・藤城裕美さんは、裏方として学生の面倒を見てくれた他、研究室の運営をいろいろな面で支えてくれました。

以上、化学教室の先輩、同僚、後輩の先生方には大変お世話になりました。この場を借りて、改めて深甚の謝意を表したいと思います。
 最後に、恩師の伊東椒先生と中西香爾先生が昨年、今年と相次いで冥界入りされました。お二人とも93歳の大往生でした。本当に長い間、お世話になりました。寂しく残念に思うと同時に、今度は私が次の時代の若い人たちへ恩返しをする番だと考えております。

 
                



平間正博先生,日本学士院賞ご受章おめでとうございます

九州大学大学院理学研究院 大石 徹(昭和63年卒)

    

平間正博先生,日本学士院賞ご受章おめでとうございます。平間研の卒業生として,またスタッフとして研究に携わった者のひとりとして大変嬉しい気持ちで一杯であり,ここに祝辞を述べさせて頂きます。平間先生のご研究の集大成として「シガトキシンを始めとする複雑な構造を有する生理活性天然物の全合成研究」が高く評価された結果であり,大変喜ばしい限りです。
私が学生として在籍していた頃は,平間先生が40歳の若さで教授にご就任され,研究室を立ち上げられた時期でした。「新しいケミストリーを仙台の地で創り上げたい」という意気込みと熱気に溢れておられた姿が今でも思い出されます。当時,世界中の著名な有機合成化学者の間で一大ムーブメントとなっていた,エンジイン系抗腫瘍性抗生物質の合成研究に取り組まれました。特に仙台で発見されたネオカルジノスタチンに関しては,「仙台で見つかった芽は仙台で育てる」という思いのもと,非常に歪んでいて不安体な9員環エンジインの研究という大きな困難を伴う課題に果敢に挑戦され,世界に先駆ける研究成果を上げられました。また,有機合成化学的なアプローチのみならず,分野外の専門家との共同研究としてNMRを用いた構造解析およびESRを用いた物理有機化学的研究を推進され,アポタンパク質との複合体形成による安定化機構を明らかにされました。 私が助手として採用されてからは,シガトキシンの全合成研究に携わらせて頂きました。合成化学的なアプローチから絶対配置が決定され,いよいよ全合成に取り掛かるという時期でした。1ヶ月ほどかけて文献調査を行いながら合成ルートを考案し,平間先生とディスカッションして頂きました。色々と厳しい指摘をされると思いきや,「お前に任せる」と仰られ,自分としてはちょっと拍子抜けした感じでしたが,平間先生の懐の広さを感じると同時に,大きな責任を感じました。その時の経験が今の自分の糧になっており,大変感謝しています。大栗博毅教授(現東京農工大学)や井上将行教授(現東京大学)らの協力の下,12年の歳月を経て世界初の全合成に成功されました。この成果は,天然物の全合成研究における金字塔として高く評価されています。また,全合成研究と同時に,毒性の無い部分構造を用いた抗シガトキシン抗体を調製も推進され,シガトキシン検出用イムノアッセイキットの実用化へと繋がっています。このように,平間先生は,「全合成の成功は,研究の終点ではない。新たなライフサイエンスの出発点である。」をモットーに,有機合成化学を基盤として,その周辺領域の研究者と共同研究を進めて大きな成果をあげられました。その研究の進め方は,私自身も大きく影響を受けており,そのスタイルを受け継いでいきたいと考えています。また,この他にもコンパクチンやミルベマイシンなど非常にインパクトのある天然物の全合成を達成され,研究テーマの設定に関する先見の明に改めて驚きの念を抱いております。 平間先生のモットーの一つに「熱心と野心と」という言葉があります。持ち前のバイタリティーとリーダーシップの下,困難な課題に果敢に挑戦されてきました。また,平間先生の意気込みと,明るく気さくな人柄に惹きつけられ,多くの研究者や学生が集い,また研究室を巣立って行きました。現在,アカデミックで活躍している研究者は25名を超えます。一時はご病気で大変な時期を過ごされましたが,持ち前のバイタリティーで見事に克服されました。平間先生にはご健康に十分留意され,今後とも益々ご活躍されることをお祈り致します。

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