新任教授寄稿


「自己紹介とご挨拶」 物理化学講座 計算分子科学研究室 森田 明弘

「百年目に着任して ―難筵草(なんえんそう)と栴檀(せんだん)」 境界領域化学講座 有機化学第二研究室 磯部 寛之


自己紹介とご挨拶


物理化学講座 計算分子科学研究室 森田 明弘


森田先生


 このたび4月より化学教室に赴任した森田明弘と申します。専門は、主に溶液や界面など凝集系の計算化学、理論化学です。赴任の際に研究室の名前まで考えてよいと言われ、本化学教室で新たに計算分子科学研究室を立ち上げることになりました。仙台は初めてですが、今後学生さんなどと共に研究室を育てていく機会をいただけたことを大変ありがたく思っております。以下簡単ですが自己紹介とご挨拶をさせていただきます。

 私の生まれは神奈川県鎌倉市で、その後京都、岡崎、仙台と移ってきました。高校時代には化学反応の中で分子に何が起こっているのか解明したいという夢を抱いて化学を志望しました。今思っても典型的な物理化学の興味だったと思います。大学の学部と修士では、東大(当時)の朽津耕三先生、梶本興亜先生の指導を受けて気相反応および超臨界流体中の分光実験をやりました。自分で実験をした経験は、その後も実験研究者と話しをする上でも、あるいは人の実験結果を鵜呑みにしないという態度を養う上でも、今でも大変役に立っていると思います。しかし私自身は実験が下手だったことと、化学反応を理解するには電子状態とポテンシャル面が分からなくてはならないと思うようになって、博士課程から理論化学に転じて京都に移りました。京都では加藤重樹先生のもとでスピン‐軌道相互作用の電子状態プログラムを書いて、系間交差のダイナミックスの研究で学位をとりました。そのまま京都に助手で留まり、その間電子状態理論に基づいて分子の電子分極とそのゆらぎを計算で扱う方法論を考え、分子動力学シミュレーションと併用して、溶液内の分子のダイナミックスを主として研究しておりました。

 やがて1999年にコロラド大学のJames Hynes教授のところに留学する機会があり、行ってみるとボールダーは大気環境化学のメッカであることを知り、不均質大気化学に興味をもつようになりました。気相と凝集相の両方にまたがった化学は界面現象との関係も深く、物理化学としても今後の問題が多く残されています。帰国後は大気化学のsocietyにも首をつっこみ、共同研究で流体力学計算や大気モデル計算の研究までやって、国内外の大気化学の人たちと論争したりしました。これらも研究の視野を広げようとする模索の一部だと思っています。

 2004年に分子研・計算センターに移り、そこでは大規模な計算資源をふんだんに使って、以前から構想をあたためていた界面和周波分光の理論計算を本格的に始めることができました。分子研には3年間しかおりませんでしたが、私にとっては大きな転機となりました。分子研の計算センターは、日本の理論計算化学の屋台骨を30年間にわたって支えてきた歴史があります。共同利用施設としての計算センターの運営にも関わるようになって、日本の計算化学の動向に気を配るようになり、私自身の研究も計算分子科学の中でようやく居場所を見つけたように感じました。

 これからの研究室では、分子研で始めた界面和周波分光の研究をさらに発展させることを手はじめに、電子状態と分子シミュレーションに基づいて新しい計算分子科学の方法論の開発にも取り組みたいと思っています。構想はいろいろとありますが、ともかく成果にしてお見せできるように努力するつもりです。計算化学とは、市販のプログラムパッケージを使いこなすことだけではなく、その根底にある理論背景やプログラミング手法を分かったうえで、第一原理から必要に応じてモデリングして計算する手法を動員することだと思っています。縁あって研究室に来る学生さんには、研究手法として電子状態理論と分子シミュレーションの両方を身に付けて、今後各自の問題に取り組める人材になってほしいと強く望んでいます。今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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百年目に着任して ―難筵草(なんえんそう)と栴檀(せんだん)


境界領域化学講座 有機化学第二研究室 磯部 寛之


磯部先生


 平成19年5月1日,化学棟前の栴檀の花がほころぶなか,境界領域化学講座有機化学第二研究室教授に着任いたしました.東北大学が百年目を迎えた節目の年に,この伝統ある同窓会の一員に加えて頂くこととなりました.宜しくお願い申し上げます.この場をお借りして簡単に自己紹介させていただきたいと思います.

 私は東京に生まれ,関東圏内で育ってきました.関東外で生活するのは,初めてのことですが,この二ヶ月の間に,すでに杜の都での快適な生活に魅了されております.私が科学研究に足を踏み入れたのは,当時,東京工業大学におられた中村栄一先生の研究室に卒業研究生として所属したときでした.独自の反応によりフラーレンを化学修飾することで,そこから新しい現象や概念が見いだされるのを目の当たりにし,以来,「ものづくり」が「ことづくり」に繋がる科学研究の面白さに魅了されてきました.途中,学生時分に米国プリンストン大学のD. Kahne教授(現ハーバード大学)の研究室に短期間滞在しましたが,学生,助手,助教授としての時間を,一貫して中村研究室で過ごしてきました.この間に,中村先生のご薫陶を受け,化学を基礎とし,科学全般に広く視野をもつことで,真に新しい価値・概念を生み出す物質をつくりだすという研究姿勢を学び,かつ実践してきたと自負しております.

 これまでの研究では,「なぜだろう」という好奇心駆動型の課題から生まれる発見を,「なんのための」という目標追求型の課題に繋げる研究を展開してきました.目標追求型研究としては,生命化学分野や環境科学分野で活躍し得る物質の設計・合成に携わり,市販試薬の数十倍の効率で安定性遺伝子導入を実現する両親媒性フラーレンや,ナノ物質の毒性評価における標準物質として利用可能な水溶性カーボンナノチューブ粒子などをつくりだしました.赴任直前には,好奇心駆動型研究のなかから面白い成果を得ました.そのうちのひとつは設計を凝らした分子を利用し,電子顕微鏡により有機分子の動きの直接観察に成功したものです.世界で初めての単分子観察から,有機小分子が電子線照射により簡単には壊れないこと,さらには狭いπ空間に捕われた分子の動きは非常に遅くなることを見いだしています.もうひとつの例はフラーレン分子膜の水透過性に関する研究から,水分子がπ空間に捕われ安定化すること見つけたものです.これはフラーレン膜が「水透過のエントロピー障壁」となることを見つけたもので,加熱するほど水が膜を通りにくくなるという常識外の分子膜であることを明らかにしたものです.これらはいずれも新しい分子の設計合成により,小分子の新しい物理化学的挙動の発見に至った研究例です.

 この杜の都では,これまでの研究経験をもとに,有機合成を基盤とした物理有機化学研究を展開することで,機能的な分子の設計・合成を進めていきたいと考えています.私は,これまで「師」はもちろんのこと同僚・共同研究者にも恵まれ,化学研究に携わる歓びを経験してきました.今後,この化学研究の歓びを体験できる教育を目指していきたいと考えております.

 落語に「百年目」という噺があります.上に立つ者をなぜ「旦那」と呼ぶかというくだりのある一席ですが,そこに「栴檀」と架空の草「難筵草」が登場します.栴檀と難筵草は互いに「持ちつ持たれつ」の仲にあり,上に立つ栴檀は露を落とすことで難筵草を育てることが大切だと教え説くものです.東北大学化学教室には日本の有機化学を育ててきた「栴檀-難筵草」の伝統が息づいています.百年目を迎えた東北大学で,化学棟前の栴檀のように大きく枝を張り,花ひらくべく邁進して参りたいと思います.


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