吉良満夫先生御退職特集


御退職寄稿 「Enjoy Research!」 吉良 満夫

「吉良満夫先生のご退職に寄せて」 群馬大学 石田 真太郎


Enjoy Research!


吉良 満夫


甲先生


 私は生まれてからずっと、大阪の河内、布施市(今の東大阪市)に住んでいたので、大阪近辺からあまり出たことがなかった。高校時代の修学旅行で日光に行ったのが、最も東の端であった。それが、恩師の櫻井英樹先生が京大の助教授から東北大の教授に栄転されたため、思いがけなくも、私も仙台に来ることになった。昭和45年3月、26歳の時に初めて東北の地を踏んだ。以来、ずっと居ついて37年が経ち、もう、東大阪に住んでいた期間をはるかに超えてしまった。今年3月に無事に定年を迎えることになったが、この間、助手、助教授、教授として、化学教室には大変お世話になった。私を育んでくれた東北大学に感謝の念でいっぱいである。

 平成7年7月から有機化学第二研究室を担当することになったのだが、いつのころからか、研究室の合言葉は"Enjoy Research!"ということになっていた。この言葉は教授になりたてのころ、新入生向けの研究室紹介パンフレットの中で、末尾に書いたのが最初ではなかったかと思う。どんなことを書いたのかもう忘れたが、化学科に来たある学生が、「入学前にそのパンフレットを帰りの列車の中で読んで、すごく勇気付けられ、意欲が湧いてきました」といっていた。たった一人からでもこのような言葉を聞いて、内心大変うれしかったことを覚えている。

 "Enjoy Research!"はありふれた言葉ではあるが、なかなか含蓄のある言葉である。論語の雍也第六に「子曰、知之者、不如好之者、好之者、不如樂之者」とある。「知る」、「好む」、「楽しむ」のうちで、「楽しむ」が最高位に位置づけられている。英語の"Enjoy"という言葉と日本語の「楽しむ」あるいは中国語の「樂」という言葉とは、意味内容にそれほど大きな隔たりがないように思われるが、"Enjoy"のほうが何かさらっとしていて好きだ。論語の「樂」は何か修行を積んで到達する境地のような感じがして、重い。

 研究室に来る学生のほとんどが、「研究」という心地よい言葉に夢を抱いて入ってくる。ところが実際に研究をスタートしてしばらくすると、研究の難しさ、自分の力のなさに愕然とする。今まで学んできたことはなんだったのだろう?いっぱしの化学者気取りでいても、ほとんど実践的な経験は積んでいないので、何も自分ひとりではできない。自分の腕が悪いのか、テーマが悪いのか分からないが予想通りには反応は進まない。これらは私自身の経験でもあるが、おそらく研究室に入ってしばらくすると、誰でも大なり小なり思うことではないか。そう考えると、やはり、学生たちにはどこかで研究を楽しむ姿勢を持ってほしいと思う。研究の壁にぶつかった時ほど、これが研究の醍醐味であることを知れ、壁を突き破る、あるいは乗り越える、そのプロセスを楽しめ、と励ましたいと思い、この言葉が出てきたように思う。不思議なもので(本当は研究室のほかの先生方の指導の賜物であったと思うが、私の目には不思議なことに映った)、学生は研究者として年々成長してゆく。彼らの内なる力と研究室のもつ力のなんともいえない相乗効果で、成長してくれる。それを見続けられたことは、教師冥利に尽きる。

 学生の中には、「Enjoyなんて、そんなのんきなことを言っていいんですか。」という者もいた。東北大の学生は総じて真面目で、よく勉強し、よく研究する。それは私にとって本当にうれしいことであったが、真面目で熱心であればあるだけ、Enjoyという言葉が、いい加減で許せない言葉に聞こえたのかもしれない。競争の激しい研究の世界で勝ち抜き、生き残るためには"Enjoy Research!"という言葉は生ぬるく聞こえたのかもしれない。しかし、いい研究をするためには、研究に没頭し、わき目も振らずに成果を求めるだけではいけないように思う。肩の力を抜いて周囲を見渡す余裕、謙虚に深く自然に学ぶ姿勢が不可欠のように思える。研究に妥協を許さないという姿勢と同時に、学生の人間としての成長、研究者としての倫理観や研究室の和の形成が、根底に必要だと、ずっと信じてきた。"Enjoy Research!"にはこのような意味もこめられているようだ。

 研究室には3つのグループがあり、各グループが毎週研究討議会を行っていた。そこには、私も参加し、学生が持ち回りで研究の進捗状況を話すのを聞き、様々な角度から議論した。思わぬ研究の展開に驚いたり喜んだり、質疑応答を通して、学生の成長を感じたり、私には実に楽しい時間であった。万難を排して出席するようにしたが、それでも、後のほうでは出張や会議などで出席が難しくなってきた。"Enjoy Research!"は私自身を励ます言葉でもあった。

 定年退職して、学生の指導や研究室の管理・監督から自由になり、これから論語に言う「楽」の境地に入れるのだろうか。そうではないであろう。研究の実践の場にいてこそ、楽しめる。少年易老学難成 一寸光陰不可軽。

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吉良満夫先生のご退職に寄せて


群馬大学 石田 真太郎


 吉良先生ご退職おめでとうございます。私が初めて先生とお会いしたのは十年ほど前、3年生後半の研究室配属の時です。それから修士・博士・さらにはポスドクと、合計7年ほどご指導・ご鞭撻を賜りました。この場を借りて深く感謝申し上げます。私は良い指導者と研究室メンバーに恵まれ、充実した学生生活を送ることが出来ました。

 最初に思い出せるのは、吉良先生の研究に対する真摯な態度です。先生自身はあまり実験に関して口を細かく出すことは無く、アドバイス的なものに留まっていたように思います。これは基本的に学生の自主性を尊重する事に力を入れていたからではないでしょうか。ずいぶん歯がゆかったのではないかと、改めて学生を指導する立場に立ってみるとしみじみ思います。

 そして今でも感慨深いのは、解釈が難しく結果をもてあます学生に対する先生のアドバイスの的確さです。ディスカッションの結果、じつにすっきりと実験結果を解釈することができるようになる。そのような状況に私自身も含め何回も遭遇しました。一方で納得いかない事に関しては絶対に譲ることはありませんでした。論文投稿の際も吉良先生を納得させるのが一番難しいと言われたほどです。

 一方で先生はイベント好きで、何か理由を付けては良く飲み会をしていました。以前に、割と行事の少ない5−6月に、何かイベントがあるといいなあという話が先生からありました。そこで、ボーリングを好きだと言うことで大会(通称吉良カップ)を同期で立ち上げた事がありました。当然(?)終了後は打ち上げになるわけです。その後この大会は不定期に開催されるようになり、恒例行事になったことはちょっと楽しい思い出です。

 先生の人柄のせいか、研究室は本当によくまとまっていたと思います。先生はenjoy researchを研究室のモットーにしていました。私たちは割と大変な思いをしながらもその通り研究生活を楽しむことができ、そして遊ぶときは遊ぶというメリハリのある生活をすることができました。こうしたバランスを保つのはなかなか難しいと最近実感しています。卒業生も割と頻繁に集まっているそうですし、なかなかここまで団結しているところも無いのではないかと思っています。

 以上、かなり雑然としていますが先生との思い出など振り返ってみました。最後になりましたが、これからの吉良先生の益々のご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。


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