受章・受賞記念寄稿


「紫綬褒章を受章して」 吉良 満夫

「化学教育賞を受賞して」 甲 國信

「第1回日本物理学会若手奨励賞を受賞して」 岸本 直樹

「学術賞報告」 小林 長夫

「総長教育賞を受賞して」 佐々木 伸樹

「チョクラルスキーゴールドメダル受賞にあたって」 福田 承生

「丸文研究奨励賞とThomson Scientific Research Front Awardを受賞して」 福村 知昭

「JPSJ注目論文賞を受賞して」 山下 正廣

「A. C. Cope Scholar Awardを受賞して」 山本 嘉則


紫綬褒章を受章して


吉良 満夫


吉良先生


 このたび、平成十九年秋の褒章において、はからずも、紫綬褒章を拝受しいたしました。

 私の受章理由は有機ケイ素化学研究における功績に対してとされておりますが、東北大学で一緒に研究を続けてきました職員、学生の努力が認められたものであり、大変嬉しく、誇りに思っている次第です。実のところどのような経緯で、どうして選ばれたのかはまったくわかりませんが、どこかで私共の仕事を見守り、評価していただいている方がいらっしゃるということだと思います。大変有り難いことです。

 私は1970年4月に東北大学に博士課程2年の学生として転入学し、8月には助手にしていただきましたので、学生として在籍したという記録は同窓会名簿にも残っていないのですが、その後、助手、助教授、教授、そしていまは客員教授として、40年近く、東北大学の化学教室のお世話になってきました。お世話になったというよりも、育てていただいたと思っております。東北大学の化学の特に真島利行先生に始まる有機化学の伝統を肌で感じられる環境の中で、研究させていただき、学問を大事に思う気持ちと、共同研究者や学生諸君とともに研究することの喜びを知り、自分の研究者・教育者としての心構えのようなものを確立して行くことができたことは大変幸せであったと思います。同じ秋に、コロンビア大学の中西香爾先生が文化勲章を受章され、私の恩師である櫻井英樹先生が文化功労者の栄誉を受けられました。同じ研究室の三代の教授が一時に国から表彰していただいたということを伺って、大変光栄なことと思っております。先生方の足元にも及びませんが、このたびの受章は、私なりにすこしは東北大学に恩返しできたかもしれないと感じております。

 昨年11月1-3日の間、私は第一回アジアケイ素化学会議の組織委員長として蔵王におりましたが、丁度そのときに新聞・テレビなどに発表されましたので、参加者の皆様からも多数お祝いのお言葉を頂きました。帰宅いたしますと、全国にいるかつての学生諸君、先輩、後輩や同窓生などからも、祝電などをいただいておりました。あまり面識のない方々からも、お祝いのお言葉をいただき、たいへん驚きましたが、ありがたいことだと思っております。11月16日にホテルオークラで伝達式があり、光化学の入江正浩先生、スポーツの谷亮子氏、歌手の五木ひろし氏、作曲家の三枝成章氏、女優の冨司純子氏、ゴルフの樋口久子氏らとともに、渡海文部科学大臣から賞状と褒章をいただきました。また、1月19日には化学教室の主催でお祝いの会を催していただき、大勢の方々に集まっていただいたことも忘れることができません。

 定年退職後、2009年の3月までは客員教授として理学研究科に居させていただき、特別推進研究を推進いたしますが、中国の杭州師範大学の有機ケイ素化学及び材料技術重点実験室の客員教授としても研究を開始いたしました。幸いまだ健康で居りますので、このたびの受章を励みとして、これからも、学問、学会の発展のために、少しでも貢献を続けられたら良いなと思っております。

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化学教育賞を受賞して


甲 國信


 昨年の年会で化学教育賞を受賞した。受賞理由は「東北地区の化学教育活動に対する貢献」で、東北地区からの受賞者としては5人目である。平成2年から都合10年ほど、化学会東北支部の化学教育関係委員会の委員として、あるいはその周辺で、さまざまな催しの世話役を務めてきた。しかし、実際に活動して下さる方がいなければ、世話役だけでは何もできない。今回の受賞は、東北の各地で化学教育関係の活動を熱心にやってくださった方々みんなの受賞と思っている。

 平成13年から2年間、支部の化学教育協議会の議長を務めたとき、「東北地区の化学教育活動50年の歩み」という小冊子の編集に携わり、この地区の化学教育の歴史を知ることとなった。以下にその時に知り得たことの一端を書かせていただく。

 化学会東北支部としての化学教育活動は、化学会の化学教育部会設立から4年後の昭和30年、東北地方大会(現東北大会)の化学教育部会から始まった。その会では、「能力(生徒の能力および少ない経費、設備)範囲内で最大の能率を得るには如何になすべきか」との、テーマのパネルディスカッションが行われた。ないないづくしの困難な時代に、知恵を出して良質の教育をしようと努力されている当時の先生方の奮闘ぶりが伺える。その後、関係者の努力で東北の化学教育は順調に発展した。地方大会での化学教育部会はのちに化学教育研究協議会となり、東北からの化学有功賞受賞者の多くは、ここを研究発表の場として活躍した高校、中学、高専の先生方である。ちなみに、東北からの化学教育有功賞受賞者は18名あり、全受賞者に占める割合は、支部会員の全会員に占める割合5%のおよそ3倍にあたる。東北地区の化学教育が盛んであることを示す数字である。

 東北支部には他支部に先駆けて実施した催しがいくつかある。そのうちの一つである「教師のための化学教育講座」は昭和50年に始まり、昨年30回を迎えた。この講座では、高校、中学の教師を対象に、大学の先生が講師となって自身の最新の研究を分かりやすく解説し、教師の化学知識のアップデートを図っている。学会が教育に関与するメリットが具体化された催しと言える。この講座は、当時化学教室におられた故斎藤一夫教授と一女高の大槻勇先生の尽力で生まれた。博学で知られた斎藤先生は、ご自身何度も講師を務められた。講座開設当時、参加者の多い年は100名を超えたが、近年は最盛期の1/2から1/3ほどにとどまっている。先生がたの多忙に主な原因があると思われるが、もったいない感じは否めない。

 化学会は昭和55年頃から、一般の市民に、化学に対する正しい認識を持ってもらう目的と化学の面白さを伝える目的を持った化学普及事業に力を入れ始めた。背景に、化学工業による公害の発生と、化学のすべてを悪者にするかのような行き過ぎたマスコミ報道がある。支部の主要な化学普及行事の一つである「化学への招待」もその流れに沿ったもので、参加者が自ら実験する方式で昭和60年から実施されている。今では珍しくなくなったこの方式は、当時の山口勝三教養部教授と丸山雅雄宮教大教授が企画された東北発のものである。それまで関東で開催されていた「化学への招待」は、講演と演示実験で行われていた。開始当初は仙台と盛岡だけの開催だったが、今では東北全県10会場で行われ、多くの参加者を集めている。化学普及事業の効用は化学の底辺を拡げることにある。そして、広い底辺があってこそ高いピークも可能となるはずである。

 東北の化学教育が順風満帆というわけではない。近年、化学教育協議会では新人の発表が少なく、「教師のための化学教育講座」の参加者も少なくなった。また、法人化後、大学が以前にくらべて忙しくなりなり、ボランティア的性格のつよい教育関係の委員選びは難航するのが普通になっている。よい解決法は思い浮かばないが、戦後50年かけて育った東北の化学教育が継続していくことを願う。意欲あふれる教師も、実験が好きな子も、高校化学グランプリの、考えさせる問題を面白いと思う子も多いのである。

 最後に、化学教育関係委員在任中にお世話になった、多くの同窓会メンバーにこの機会を借りてお礼を申し上る。

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第1回日本物理学会若手奨励賞を受賞して


岸本 直樹


 この度図らずも、日本物理学会の第1回若手奨励賞(領域1)を受賞することが出来ました。化学分野の教員が物理学会に参加することは珍しいことではなく、年次大会でも沢山の物理化学系・材料系の研究者の講演を聞くことが出来ます。私もこの数年は、化学会と物理学会の年会の両方に顔を出すようになり、3月後半はとても多忙になりました。

 私自身は、京都大の工学部合成化学科で有機化学や無機化学、物理化学、化学工学などの教育を受けてきたので、物理の本流からは相当に離れたところにいました。その後、東大駒場キャンパスに1年、東北大の化学専攻に博士後期課程を含め10年以上在籍しておりますから、まともに物理の教育を受けてきたとは言い難い経歴です。しかしながら、前に他大学の物理系の先生に言われたことですが、化学から原子分子の物理分野に来る人はとても優秀な人が多いそうです。これは、化学研究者は周期表が頭に入っていて、数式や理屈だけではなく物質主体で考察するために、複雑な対象を相手にしても成果を挙げることが出来ている、ということではないでしょうか。私は、化学研究の精鋭が集うこの化学教室を本拠とし、研究活動を通してOJTで鍛えられたことがとても良かったと思います。また、自身の経験から、大学院教育や教員の任期制に関しては、いろいろと考えさせられます。

 物理の分野の最先端で化学のセンスが評価されることはとても喜ばしいことですが、では、化学の分野の最先端はどうなっているのでしょうか?大きな流れとしては、生物など、より複雑なシステムへチャレンジすること、あとはナノ構造体など分子集合系の構築でしょうか。物理化学においても、長らく続いてきたマクロからミクロへの流れは必然的にミクロからメゾスコピックへ揺り戻しており、今後どのような進展を見せるか大いに楽しみですが、問題は物理化学の立ち位置を確保しながら独自性をもつ研究として十分に成立・進展させられるかという点だと思います。また、ではミクロ系が重要でなくなるのか?というとそんなはずもなく、十分に尽くされていない問題も沢山あります。このような中でまさに揺れる思いですが、私もさらに研鑽を積み独自の進展を目指してみたいと思います。

 今回の受賞は、化学教室で与えていただいた環境の中、理論化学研究室の卒業生の皆様らと共に頑張ってきた成果ですので、この場を借りて深く感謝させていただきます。

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学術賞報告


小林 長夫


小林先生


 平成19年3月に、日本化学会より「複合領域分野」における学術賞を拝受した。受賞題は「巨大芳香族化合物の分子構造と電子吸収、CD、MCDと電気化学の相関の解明」である。平成7年に化学教室に研究室を立ち上げて以来、総勢50名以上の職員・学生・共同研究者とともに進めてきた、最も大きな研究命題に対する受賞であった。これまでの研究生活を振り返ると、4つの学部の5つの研究室を渡り歩き、海外派遣で1ヶ月以上滞在した研究室も3つにのぼる。自分の専門が何であるのか、的を絞りきれない時期もあったものの、このおかげでこれまでに出会い、その後も親交を持ち続けている数多くの研究者の専門分野も多岐にわたり、彼らから多くを学ぶことができたことが私にとっての掛替えのない経験であり、本受賞の礎となったと感じている。

 ポルフィリン骨格は生体中でヘモグロビン、シトクローム、或は葉緑素中のクロロフィルなどに見ることができる。一方、フタロシアニンはポルフィリンの類縁体ではあるが、100年ほど前に合成された非天然の化合物で、その可能性の大きさから「21世紀の化合物」とも言われる。ポルフィリンとフタロシアニンは多くの類似点がある一方で、由来や性質に大きな違いが見られる非常に興味深い化合物であり,その中でも私は特にフタロシアニンの特性に着目し、「物理化学的、電気化学的な視点から興味深い性質を示すこれら巨大環化合物をデザイン、合成し、それらの性質を種々の分光法、電気化学的手法で解析する」ことを大きな研究テーマに据え、これまで学生諸君と共に全力疾走してきたつもりである。「教科書に載る仕事を」の大旗を掲げて立ち上げた研究室であるが、出会った研究者、学生、論文、学会発表等は私にとって財産であり、教科書的仕事も幾つかできたと思う。

 大学の教員として一番大切なのは、学生達の個々の才能を見出し、基礎をしっかりと教えて育て伸ばし、大学で学んだことを遺憾なく発揮する人材を世の中に送り出すことである。また研究においては潤沢な研究費を闇雲につぎ込むことだけが良い研究をすることの条件ではないし、有能な人が必ずしも恵まれた研究環境に行けるとは限らない。むしろ基礎を大切にし、既存の測定法や解析法であっても丁寧に取り扱っていくことで「良い仕事」をすることの方が重要ではないかと思う。「装置が無いからこれができない、金が足りないからあれができない」などと情けないことを言わずに、諸先輩方がそうしてきたように、創意工夫で困難を乗り越えることが重要である。私の研究室では幸い、職員・学生諸君がこれらの私の考え方を理解し、日々努力をしてくれている。この場を借りて彼らに感謝の意を表したい。

 本受賞にあたり、日本化学会東北支部長の大野先生をはじめ、諸先生方に御尽力頂いたと思う。心より御礼申し上げる。

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総長教育賞を受賞して


佐々木 伸樹


 昨年三月に思いもよらず総長教育賞を受賞いたしました。これは学生実験をともに行ってきた教職員を代表して授けられたものと皆様方に感謝しております。受賞理由は「理学部専門教育科目「化学一般実験」の実験内容の改良及び実験装置の近代化を図り、国内最高水準の装置を備えるに至った功績により」ということで、一人の力でどうこうできるものではありません。

 実験内容の改良については、酸化反応に 1998 年に野依らの開発した方法を 2001 年からの学生実験に取り入れました。重金属廃棄物は従来の三価クロムと二酸化マンガンの量がタングステンに変わって重さで 1/50、廃液の量は 1/5 に減少しました。これは学生にグリーンケミストリーの概念を理解させる一助となっています。配位化合物の理解のためには金属化合物の使用は避けられません。錯体合成の試薬量を減らす試みをして、従来の量の 1/4 から 1/5 まで減らすことができました。

 実験装置の近代化については、1999 年に 60 MHz の NMR 装置を購入しました。しかし、60 MHz では研究室での装置の進展に追いつかず 2008 年度からは共通の 300 MHz の装置を使用することとなりました。その他の装置(X線、レーザー)は現役で稼働しています。

 実験環境整備では以下のことを行いました。2002 年にはドラフトチャンバー(3台)、ダイヤフラムポンプ(25台)および低温循環水槽(9台)などを導入しました。2005 年には懸案となっていた据え付けのドラフトの改修を行いました。写真のようにダクトを太くして、経路を短くしました。これによってドラフトの性能が著しく向上し、実験室の扉が開きにくくなるほどです。環境整備のための設備については、ドラフト内での実験が以前より行いやすくなったこと、エバポレーターによる溶媒溜去の際の溶媒の回収率が目に見えて向上していることにより所期の目的は達成されました。なお、作業環境測定の結果は常に良好との結果を得ています。

 実験台は使用開始後三十数年が経ち、表面の傷みがひどくなっていたので天板の張り替えを行いました。表面を対薬品性のあるものにしました。実験中に万が一こぼしても回収できるようになったのではないかと思っています。

 最近のことでは、旧教養部の改変に伴い川内での実験内容が変更になりました。これに伴い化学一般実験の内容も変更することにしました。2005 年 10 月から化学基礎実験としておよそ1ヶ月半に渡って以前に川内で行っていた実験を中心にした実験を行うようにしました。

 学生との年齢差が大きくなってきた近頃は、いろいろと戸惑うこともあります。でも、昔は…などと言ってみてもどうしようもないことです。あるがままを受け入れなければ、と思っています。


ドラフト 実験台

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チョクラルスキーゴールドメダル受賞にあたって


福田 承生


 結晶成長関連の分野に携わっている人なら誰もが知っているチョクラルスキー法、通常CZ法(Czochralskiの略称)と呼称される結晶作成法は、シリコン半導体単結晶を始めとして多くの物質の単結晶化に使われている技法である。

 私は大学を卒業以来、40年以上もこの方法を中心に単結晶材料の探索、開発、製造まで行ってきた。昨年ポーランドでこのメダルを受賞できたことは、生涯、結晶材料の研究開発の仕事に携わったものとして、大変名誉で身に余る光栄に思いました。私は国内外からいくつかの賞を戴きましたが、チョクラルスキーゴールドメダルが私にとっては何よりのご褒美だと感じました。


福田先生

 Prof. Ryszard Ciach よりメダルを授与される筆者


 チョクラルスキー法という名称は科学の世界では広く知られていますが、その割にはチョクラルスキーの生涯、業績については日本人にはあまり知られていません。私はポーランドの結晶成長関係者から二度にわたり、チョクラルスキー生誕の地での行事に招待されました。この機会にその一端をご紹介したい。

 ヤン・チョクラルスキーは1885年10月23日ポーランドの大工フランチェスカ・チョクラルスキーの8番目の子として、当時プロイセンの支配下にあったシニア(Kcynia)に生まれた。中学卒業後、薬店で働きながら独学で化学を学んでいます。1904年ベルリンに行き、シャルロッテンブルグ工業専門学校で化学と冶金学を学びました。その後、1917年フランクフルト、アムマインに移り、優れた研究業績を残しています。


チョクラルスキー

 J. チョクラルスキーの銅像


 第1次大戦後、ポーランドに帰りワルシャワ大学の化学の教授になりました。ヤン・チョクラルスキー教授は結晶学、材料科学、エレクトロニクスの分野でも良く知られ偉大なポーランドの科学者として、コペルニクスやキュリー夫人と並んで歴史に名を留めています。 融液から結晶を作成するヤン・チョクラルスキーの単純な引上げ法という方法は、第2次世界大戦後すっかり忘れ去られていた。1950年頃米国のベル研究所の半導体技術者によって再発見されて単結晶作成法として広められた。現在では、その方法は大型で高品質シリコン単結晶をはじめレーザー用YAG結晶、携帯電話用LiTaO3、LiNbO3単結晶など製造に使用され、現代のエレクトロニクスの発展に大いに寄与している。

 広く知られたチョクラルスキー法も、もとは金属の結晶化測度を図る実験のちょっとしたミスから生まれたが、このミスを逃さない鋭い観察力がありました。また、この原理を実際の結晶作成への有効性を見出しチョクラルスキー法と名づけたベル研究所のG.K.TealとJ.B.Littleの存在も大きなものに思えました。

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丸文研究奨励賞とThomson Scientific Research Front Awardを受賞して


福村 知昭


 この度、丸文研究交流財団から「高温強磁性酸化物半導体の創製とそのデバイス実証に関する研究」に対して平成18年度丸文研究奨励賞を、そして、トムソンコーポレーションから「酸化物磁性半導体のコンビナトリアル探索と室温強磁性の発見」に対してトムソンサイエンティフィックリサーチフロントアワード2007を頂きました。

 今回の受賞に関する研究は、私が現在属している固体化学講座の川崎雅司先生と、川崎研究室の学生および卒業生、そして研究の発端となった東京工業大学での川崎研究室の卒業生と一緒に行われたものであり、皆様にはこの場をお借りして深く御礼申し上げます。また、お名前を全部ここで挙げることはできませんが、これまでの共同研究や有益なアドバイスにつきまして諸先生方に厚く御礼を申し上げます。

 丸文研究奨励賞は、デバイス・材料、エレクトロニクス、環境、バイオといった科学技術に貢献する研究分野が対象となったもので、選考は推薦に基づいたものとなっています。これまでにも各方面でご活躍の東北大学の若手の先生方が受賞されています。一方、トムソンサイエンティフィックリサーチアワードは、Web of Scienceでも知られているトムソン社の膨大な論文データベースを基に、2001-2007年に出版された論文を用いて成長の著しい研究分野を選び、その分野に主要な貢献をしている日本人研究者を統計的に抽出し、専門家の意見を基に選出するものです。この論文の引用回数と共引用パターンによる研究分野の動向の解析(リサーチフロント分析)は科学技術政策研究所でも用いられているそうです。

 私は大学院生のときまで磁区観察装置の開発に取り組んでいて材料合成にはほとんど無縁でしたが、ポスドクでは分野を変えて川崎雅司先生の研究室(当時は東京工業大学)で酸化物薄膜の合成に携わりました。そこで初めて材料設計を行ったのが今回の受賞対象となった研究の始まりです。

 去年のノーベル物理学賞は今ではパソコンのハードディスクにも応用されている巨大磁気抵抗の発見に与えられました。これは物質中を流れる電子の持つ電荷とスピンの自由度の絡み合いに起因する現象で、現在ではスピントロニクスという大きな研究分野に発展しています。なお、この分野の研究では東北大学の研究グループが世界第一線の成果をいくつも挙げられています。そのスピントロニクスで用いられる材料の一つに、強磁性と半導体性を併せ持つ、半導体に微量の遷移金属をドープした強磁性半導体があります。ポスドクになった1998年の時点で世の中に知られている強磁性半導体は室温では強磁性を示しませんでした。当時私は、紫外レーザー発振で注目されていた酸化亜鉛に遷移金属をドープすれば、ワイドギャップに起因した電子の重い有効質量と高い電子濃度から生じる電子と局在スピンの間の大きな交換相互作用によって、室温オーダーのキュリー温度が実現できるのでは、と考え、酸化亜鉛にマンガンをドープしたのがワイドギャップ磁性半導体の研究の始まりです。当初は強磁性になりませんでしたが、酸化物ベース磁性半導体という新たな範疇の材料ができました。東京工業大学応用セラミックス研究所の鯉沼研究室や長谷川研究室と共同でさらに物質探索を続けたところ、光触媒として有名な二酸化チタンにコバルトをドープすると室温強磁性が発現することがわかりました。この発見には、物質合成にコンビナトリアル手法を、強磁性体の高速探索に磁区観察をそれぞれ活用したことが非常に役立ちました。東北大学に移った後は、強磁性のメカニズムを調べるために、試料の高品質化に取り組みました。この高品質化には大学院生の理学部化学科出身の化学のセンスがものを言い、系統的にパラメータを振った試料について系統的な物性測定を行なうことによって室温強磁性半導体としての性質を明らかにすることができました。そして、室温に近い温度でトンネル磁気抵抗効果を観測することができ、室温初のデバイス実証へのステップも踏み出すことができました。以上の取り組みが今回の受賞につながったのだと思います。この酸化物ベース磁性半導体は容易に合成できることから、世界中でさかんに研究が行なわれています。合わせて2000回近い論文の引用回数がトムソン社の客観的な統計にも現れたのかもしれません。

 コバルトをドープした二酸化チタンのキュリー温度は600 Kと非常に高温ですが、通常の強磁性体と違い、微量のコバルトをドープしただけでどうして室温をはるかに超えるキュリー温度を示すのかはいまだにわかっておらず、基礎的にも興味深い材料です。現在、室温での強磁性の制御を実現すべく日夜研究に励んでいるところです。

 2001年に東北大学に助手として着任以降、現在は講師として大学院生や研究員の方々と研究を行っております。今回の受賞をばねにしてさらに研究を発展させられるよう努力いたしますので、今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。最後になりましたが、本同窓会の皆様のご発展とご健勝をお祈りいたします。

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JPSJ注目論文賞を受賞して


山下 正廣


山下先生


 この度、"Ultrafast Photoconversion from Charge Density Wave State to Mott-Hubbard State in One-Dimensional Extended Peierls-Hubbard System of Br-bridged Pd Compound", H. Matsuzaki, M. Yamashita, H. Okamoto, J. Phys. Soc. Jpn., 75, 123701-1-123701-4 (2006)という論文で、JPSJ注目論文賞を受賞いたしました。日本物理学会の多くの会員が最近、インパクトファクターの高い海外のPhys. Rev. Lett.やPhys. Rev.などの雑誌に投稿し、日本物理学会の欧文誌であるJ. Phys. Soc. Jpn.への投稿が少ないことに危機感を抱き、数年前から積極的にJ. Phys. Soc. Jpn.に投稿するように呼びかけていました。その一環として毎号、優秀な論文にJPSJ注目論文賞を授与し、投稿の増加を図る運動を行ってきました。

 私はもともと錯体化学が専門ですが、修士時代から固体物性物理との境界領域である「錯体固体物性化学」という領域を創成してきました。その関係で固体物性物理の共同研究者も多く、また物理学会の会員でもあり、物理学会年会にも時々参加しています。

 この研究で取り扱った化合物は私が大学院生の時に合成した擬一次元鎖臭素架橋パラジウム混合原子価錯体であります。この種の化合物は大きな三次非線形光学効果を示すことから、それを利用した超高速大容量光通信や光コンピューターの開発に関する基礎科学として注目され、最近研究の進展が著しい分野でもあります。この論文ではPd(II)-Pd(IV)混合原子価状態(Charge Density Wave State)に光強励起すると、Pd(III)平均原子価状態(Mott-Hubbard State)に光誘起相転移することを示し、それからの緩和がフェムト秒という超高速緩和を示すことから、JPSJ注目論文賞に選ばれたわけである。従来の無機物や有機物に比べてもケタ違いに早い緩和過程を示しております。この研究は、Ni→Pd→Ptへと中心金属を変えていく一連の研究の一環であり、言い換えれば電子相関と電子格子相互作用が競合しているパイエルス・ハバード系の超高速光誘起相転移と緩和過程の研究に関する最適の物質群であるといえます。Ni錯体では光強励起によりモット絶縁体が金属状態に変化し、Pt錯体では光励起により混合原子価状態がモット絶縁体に変化し、さらに強励起することにより金属状態まで変化します。このように金属イオンの種類による光誘起相転移の違いが明確に現れている系であります。

 この研究は東大新領域創成研究科の岡本教授、松崎助教との共同研究の成果であり、感謝したい。

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A. C. Cope Scholar Awardを受賞して


山本 嘉則


 日本化学会は会員数30000人余りを数える我が国で最大級の規模を有している。学会の大きな目的と実質的な活動は、(1)会員の研究発表の場の設定と学術情報の交流の促進(年会等)、(2)会員の研究発表メディアの提供と学術成果の世界への発信(学術誌発行)、および(3)会員の研究業績の顕彰、の3つであろう。勿論これ以外に、政府や産業界への提言、化学教育の普及等々、重要な役目は多いが、研究者に身近な活動は(1)から(3)の内容であろう。(3)に関して言えば、現在9種類の賞が設定されている(化学会賞、学術賞、進歩賞、化学教育賞、化学教育有功賞、化学技術賞、化学技術有功賞、技術進歩賞、功労賞)。

 一方、米国化学会は会員数300000人以上を数える世界最大級の規模を有している(学術団体の中で世界第2の規模と聞いている)。30万人と云えば東北地方では盛岡市の人口に匹敵する。アメリカ化学会の会員数のすごさ、財政基盤の磐石さ、世界をリードしている姿がわかるであろう。そのアメリカ化学会のNational Awardsは全部で64あり、そのうち有機化学関連の賞は9つ程度であろう。これ以外には、Industry Awards, Division Awards…等々多彩な賞が設定されている。アメリカ化学会のNational Awardsは日本化学会の10倍程度の会員規模であることを考えると、日本化学会の上記9種類の賞を6〜7種類と精査して見れば、大体両学会では会員数に比例した顕彰を行っていることになる。

 有機化学関連の賞としては、Creative Work in Synthetic Organic Chemistry, Roger Adams Award in Organic Chemistry, Alfred Bader Awards in Bioinorganic & Bioorganic Chemistry, Ronald Breslow Award in Biomimetic Chemistry, H. C. Brown Award, A. C. Cope Award, A. C. Cope Scholar Awards, E. J. Corey Award, E. Guenther Award in Natural Products, Nakanishi Prize, J. F. Norris Awardなどであろう。

 アメリカ化学会は1973年にA. C. Cope Awardを設立し、1986年にはさらにA. C. Cope Scholar Awardsを設立した。両Awardを含めCope Awardsと言い、有機化学分野において優れた業績のある研究者に与えられる賞として国際的に定着した評価がある。毎年"A. C. Cope Award"を1名に、"A. C. Cope Scholar Awards"を2名の35歳以下の研究者に、36歳〜49歳の4名に、50歳以上に4名に授与することになっている。

 A. C. Cope Scholar Awardsの日本人の今までの受賞者は、正宗悟(1987)、岸義人(1988)、福山透(1993)、尾島巌(1994)、野依良治(1996)、柴崎正勝(2002)、小林修(2006)、山本嘉則(2007)、である。これより上位の賞であるA. C. Cope Awardの日本人受賞者は、中西香爾(1990)、野依良治(1997)である。小生の受賞の際のタイトルは「Lewis Acid and Transition Metal Catalysts for Selective Organic Transformations」で、まさしく私が助手・助教授・教授の職にあったあいだ一貫してやってきた研究内容の総集編であります。2007年秋のボストンでのアメリカ化学会秋季年会で受賞講演を行ってきましたが、その際の写真を添付いたします。小生は、はからずもこの様な栄誉ある賞を頂くこととなりましたが、これはひとえに東北大学理化の皆様とりわけ山本研究室の学生諸君及び教職員の皆様の、ひとかたならぬ御支援御協力の賜物であります。この場を借りて、山本研で共に汗を流して頂いた方々に御礼申し上げます。


山本先生


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