中西八郎先生のご退職にあたって
多元物質科学研究所 及川 英俊
中西先生は1991年9月,反応化学研究所(当時)に着任され,それまで暖めていた有機・高分子ナノ結晶,擬似分子科学の研究を直ちに開始されました.私も光散乱法による結晶サイズの評価という分担で直ぐさま参画しました.翌年の春,応用物理学会に参加するため宿泊していたホテルのレストランで,朝食を取りながら,中西研究室の記念すべき第1報となったJpn. J. Appl. Phys.,のレフェリーコメントへの対応を議論したのが昨日のように思い出されます.当時,コメントはFAXで送られましたが,紫煙をくゆらせながら,コーヒーカップを片手に,黒ペン・赤ペンで修正原稿文をFAX用紙の余白に猛然と書き込む姿に圧倒されました.このような考える時の様は今も同じです.
研究室にあってはスタッフ・院生の長所を伸ばすことにまず心を砕かれました.相手の欠点やミスを指摘するよりは,辛抱強くEncourageすれば,本人のレベルは上がり,自信が付き,おのずと問題点は解消されるというお考えでした.研究報告会でもポイントを指摘するのに止め,各自の発想とやる気を尊重しておられました.有機ナノ結晶の作製法としての「再沈法」が研究室で早々に確立されました.化学の世界では良く知られたこの再沈殿・再析出という現象を用いて,先生が有機ナノ結晶というナノ材料の創製法とするという着想に至った当時,まだ,今日のようなナノテクブーム到来以前のことで,まさに先駆的研究と位置付けられます.
さらに,この方法で作製された有機ナノ結晶が分散液として得られることに注目し,系全体が液体と結晶の性質を兼ね備える「液・晶」であると名付け,分散している有機ナノ結晶の電場応答性・配向制御の確認から,新規の表示素子などを想定するなど,このように常に基礎・原理と応用例証を同時に考察するマルチタイプの研究姿勢は,なかなか私などには真似のできるものではなく,いつも感心させられます.
先生は,研究室内はもとより,学内外の方々との「人との和」を特に大切にしてこられました.その一方で,互いの信頼関係に基づいた強い指導力を発揮するという絶妙のバランス感覚で,多くの共同研究者とともに大型プロジェクト研究を率い,また,反応研および多元研所長をはじめとする数々の学内外の要職も務めてこられました.ご退職後も多元研寄附研究部門の客員教授として,研究を益々活発に続けられています.
最後に,たばこの本数はなかなか減る気配はありませんが,ご健康にはくれぐれも留意されることを願っております.
成田空港から始まった思い出
中国科学院理化技術研究所 段 宣明
中西先生と初めてお会いしたのは14年前の平成4年6月1日、成田空港の到着ロビーでした。ただ一人の私費留学生を迎えに成田空港まで来られ、私の名前を書いた紙を持って待っていたのは中西先生でした。はじめての海外に色々な心配をしていた私は中西先生の温かい人柄に触れ、感激してほっとしたことを今でも覚えています。
私が研究室に来た時、中西先生はつくばから反応研(現多元研)に移った1年もまだ経ってない頃でしたが、再沈法という極めて簡単な方法で有機ナノ結晶(当時は有機微結晶と呼びました)を作製することを成功し、世界をリードする成果を出しました。私の研究テーマは中西先生のもう一つ世界中で高く評価されている成果――有機イオン性二次非線形光学材料についての研究でした。当時、有機非線形光学材料を全く知らなかった私は中西先生に少しずつ教われ、非線形光学の世界に入り込んできました。実験でいい結果を得た時によく先生に励まれ、不思議な結果と自ら思った時に先生と話すといつも適切なご指導を頂きました。その頃、中西先生が既にご多忙でしたが、反応研及び多元研所長を勤めた時より多く研究室に居られたため、私は研究室の後輩たちより中西先生から多く直接なご指導を受けたと思います。先生から研究に関して教わって頂いたことは非常に多いと思いますが、いちばん大切なことは常に新しいことを挑戦する精神ではないかと思っております。先生のお陰で全く知らなかった非線形光学の領域に入ってから今でも新たな挑戦を続けております。
一方、研究以外に中西先生から教わったのは良い研究者に成れる必要条件の一つがお酒を飲めることです。研究室に入った二週間頃の研究室旅行の時でした。その時、私は殆どお酒を飲めなかったが、先生にビールを勧められ、顔が真っ赤になったと思います。その数年後、先生とビールを飲んだ時、先生から「飲めるようになったね。君はもう大丈夫、良い研究者になれるよ」と言う言葉を頂きました。
6年間近くの楽しい研究室生活が終わって仙台を離れてから、中国に戻った後でも、私は毎年研究室を訪ねています。研究のことのみではなく、中西先生に色々なご指導とご相談を頂いており、日本の言葉で言うと、実家に戻ったような感じだと思います。特に、中国に戻った後でも先生に大変貴重なご支援、ご指導を頂いており、もう14年間大変お世話になっております。
ご退職後も寄附講座を設け、忙しい研究生活を続けると思いますが、ご健康にだけは十分に気を付けていただきますよう宜しく申し上げます。禁煙が無理だとしても、節煙はどうでしょうか?