受賞記念寄稿


化学と物性物理・電子工学の狭間で        川崎 雅司

日本化学会賞とワッカー・シリコーン賞を受賞して    吉良 満夫

日本化学会学術賞を受賞して      山下 正廣

日本分析化学会学会賞を受賞して     寺前 紀夫

日本化学会進歩賞と第1回Merck Banyu Lectureship Awardを受賞して      井上 将行

松尾学術研究助成を受けて―赤血球の光誘起回転ダイナミクスの理論構築へ―     河野 裕彦

有機合成化学協会研究企画賞大正製薬研究企画賞を受賞して     中村 達

The Asian and Oceanian Photochemistry Association Prize for Young Scientistsを受賞して      畑中 耕治

日本分析化学会奨励賞を受賞して     山口 央





化学と物性物理・電子工学の狭間で

川崎 雅司

2005年11月に、第19回日本IBM科学賞をいただきました。受賞内容は「酸化物エピタキシーの精密化と集積化による新電子機能の開拓」です。まずはじめに、これまでお世話になった恩師や共同研究者方々、大学院生やポスドクとして苦楽をともにした仲間に感謝したいと思います。無機化学・物理化学がバックグランドで、修士時代には有機合成も行っていた小生ですが、大学院博士課程1年の時(1986年)に銅酸化物高温超伝導の突如の出現に遭遇し、研究の舵が大きく切られました。以来、金属酸化物の物質合成・探索とその機能開発に取り組んでいます。

高温超伝導体は、20年を経ても達成できないメカニズム解明、超高速・超低消費電力エレクトロニクスや無損失大電流輸送などの応用技術、そして延長線上に室温超伝導を探索する物質開発など、当時から研究者を魅了するに十分なインパクトのある出来事でした。化学者としてトレーニングを積んでいた小生には、各種元素の原子面がある規則性でスタックした天然に超格子とも言える美しい層状結晶構造に魅了されました。デザイン通りに原子面を人為的に積み重ねることをめざし、単結晶基板上に単結晶の薄膜を一層ずつ積層する技術の開発に取り組みました。世界的な競争から頭一つ突き抜けたのは、薄膜成長を原子レベルで制御するためには、その基板表面を原子レベルで平坦化することが必要という当たり前の技術の開発です。原子層を選択エッチングする魔法の溶液を見いだした背景には、複酸化物の酸性・塩基性に関する化学の深い洞察があり、世界中の研究者を驚かせた技術には”Kawasaki etching”という造語が世界的に通じるようになりました。超伝導のみならず、強誘電性、磁性、光機能など、非常に多様な物性と機能を有する酸化物の高品質化に成功し、それらを積層した超格子で新規な物性の開拓と電子デバイスのデモンストレーションに成功してきました。同分野には、物性物理や電子工学の専門家も多数いましたが、複数の金属元素を含む複雑な結晶を原子制御してエピタキシャル成長する技術の開発には指針がありませんでした。化学熱力学・反応速度論をはじめ、遷移金属の配位子構造と、なんといっても元素記号からその反応性や電子構造のキャラクターが連想できる化学を武器に、独自の制御指針を提示し、今では酸化物薄膜成長の常識となるまでに、その合成の学理を構築して参りました。

原子レベルでの薄膜テーラリングが可能になると、そのシークエンスの違った結晶群をもっと高速に合成したいと考えるに及びました。その時、固体表面への逐次化学縮合反応を開発したメリフィールド法(1984年ノーベル化学賞)を用いたコンビナトリアル合成技術を知りました。原子層エピタキシーとメリフィールド法の類似性に着目し、基板上に可動マスクを設置して薄膜成長を行うことで、約100試料のシークエンスの異なる超格子試料の一括合成による集積化に成功しました。バリエーションのパラメータはシークエンスだけでなく、組成やデバイス構造、果ては基板温度などの合成条件にまで拡張しています。

このような技術を駆使して、金属酸化物の機能開発を行いました。最も注目されたのは、2004年の暮れから新年にかけて大きくマスコミ報道された、酸化亜鉛による紫外発光ダイオードの実現です。紫外線を効率良く発生し、蛍光体で三原色に変換した白色発光ダイオードを実現することに現在は取り組んでいます。これが日本中の白熱球や蛍光灯による証明を置き換えると、省エネルギーの効果で、日本が京都議定書で約束したCO2の削減目標の80%をまかなえ、2010年には1兆円の市場が見込まれています。赤崎先生が発明し中村先生が商品化に成功した窒化ガリウムが先行しており、携帯電話やラップトップパソコンのバックライトや非常用懐中電灯で実用化されていますが、こちらは青色発光ダイオードと黄色の蛍光体を利用した疑似白色光で、このままでは大きな応用は期待できません。資源埋蔵量・コスト・発光効率などで大きな優位性があり、酸化亜鉛の紫外発光ダイオードを用いた白色発光ダイオードは国内外から非常に注目されています。

実は、日本IBM賞には、何年も前から化学部門で推薦をお願いしていました。あまりに当選できないので、ものは試しとエレクトロニクス部門にスイッチしたところ、一発で受賞となりました。世間では、エレクトロニクスの研究者と思われているのでしょうか。しかし、このような新規材料を手なずけて、縦横無尽に研究を展開するには、化学のバックグランドが必要であると今でも考えています。有機合成で、まるで見てきたように反応機構を漫画で書きますが、あの豊かな原子レベルでの想像力は、物質合成には必要不可欠であり、化学から物性物理や電子工学に研究を展開できても、その逆は凡人には無理だろうと思います。化学の殻に閉じこもらず、強い武器を持って大きく異分野に突入する気概をもった学生と一緒に、さらなる発展と新機軸の創出に取り組みたいと思います。

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日本化学会賞とワッカー・シリコーン賞を受賞して


吉良 満夫(特別会員)


平成7年に櫻井英樹教授の後任として有機化学第二研究室を担当させていただいてから、昨年で10年になります。その節目の年の3月に日本化学会賞を、8月にはワッカー・シリコーン賞を受賞する栄誉に恵まれました。こつこつと楽しんでやってきたことが認められたことが大きな喜びです。

日本化学会賞の業績は「特異な電子的性質をもつケイ素化合物の創製」ということで、「安定な二価ケイ素化合物、シクロテトラシレン、スピロペンタシラジエン、トリシラアレンなど新規なケイ素−ケイ素二重結合化合物、反転ケイ素−ケイ素シグマ結合を持つ高歪み化合物、シラトリアフルベン、ジシレン遷移金属錯体など、特異な結合・構造をもつケイ素および関連高周期14族元素の化合物を創製し、これらの独特の物性と反応を発見し、原因を解明することに顕著な業績を挙げた」ことによるとされておりますが、もちろんこれらの成果は研究室全体のものであり、研究室の代表としていただいたものと考えております。年会の会場となった横浜で研究室ゆかりの方々に集まっていただき、たくさんの方々からお祝いのお言葉を頂いたこと感謝に堪えません。恩師の櫻井英樹先生にも少しは恩返しが出来たかもしれないという気がしております。

ワッカー・シリコーン賞は1987年にドイツのワッカー社が有機ケイ素化学の基礎研究の発展を願って設立した国際賞であり、二年に一度開催されるEuropean Organosilicon Days (EOD)の折りに授賞者が決定されます。櫻井英樹先生、米国のウエスト教授、ティリー教授、フランスのコリュー教授などが受賞されており、大変名誉ある賞を頂いたと思っております。今年はちょうど第14回国際有機ケイ素化学シンポジウムがドイツのヴュルツブルグで開催されたので、それに併せてEODが開催されました。そのため、シンポジウムの最初の基調講演をつとめさせていただき、その日の夕方に別の会場で、たくさんの国際会議出席者の前で賞を頂くなど、大変晴れがましい思いをしました。受賞理由は「ケイ素化学における顕著な科学的業績をたたえて」とされております。授賞式ではドイツ語で業績並びに経歴の紹介をされましたが、同時通訳で英語でも聞くことが出来ました。丁寧に私どもの研究成果が紹介されました。私どもの研究の内容や意義がよく理解されており、大変うれしいことでありましたが、ボーリングが好きであるとか、阪神タイガースの負けた日は研究室で機嫌が悪いとか、相当私をご存じの人しか知り得ないあまりに詳しい紹介に驚き思わず苦笑してしまいました。

振り返ってみますと、不飽和ケイ素の化学の分野は1981年に米国のウエスト教授が安定なケイ素−ケイ素二重結合化合物(ジシレン)を、カナダのブルック教授がケイ素−炭素二重結合化合物(シラエテン)を初めて合成して以来、比較的ゆっくりと発展してきましたが、その15年後の、私が研究室を立ち上げて直後に、当時博士課程学生であった岩本武明君(現在巨大分子解析研究センター助教授)が環状ジシレンとして初めてシクロテトラシレンを合成し、不飽和ケイ素化合物の化学が研究対象として大きな広がりをもっていることに気づかされました。この発見以来、ジシレンなど不飽和ケイ素の化学は世界的にも急速に進歩を遂げ、岩本グループでは、シクロトリシレン、スピロペンタシラジエン、ジアルキルシリレン、1,3-位にケイ素を有するビシクロブタンを相次いで合成し、また、坂本グループでは特異なシラエテンとして安定なトリアフルベンの合成に、橋本グループではジシレンの白金、パラジウム錯体の合成に成功し、研究室のアクティビティが飛躍的に発展していったように思います。学生諸君にはEnjoy Research!を合い言葉に、研究を通して学問することの楽しさを知ってもらいたいと考えてきましたが、私自身、わくわくどきどきすることの多かった、教えられることの多かった10年間であったように思います。ポリシランやオリゴシランの化学、瀬高グループの始めた含ケイ素かご型化合物の化学なども地歩を固めつつあり、研究室に大きな財産が出来てきたことはうれしいことです。これからも、有機ケイ素化学は基礎化学としても応用化学としても有機典型元素化学を牽引して行くと思います。そのために私自身もさらに努力を続けたいと気持ちを引き締めている次第です。

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日本分析化学会学会賞を受賞して  

  寺前 紀夫(特別会員)


 2005年9月に名古屋大学工学部で開催された日本分析化学会第55年会において、平成17年度の学会賞を受賞致しました。受賞の題目は、「表面界面分光計測法と化学センシングシステムの開発」です。

 最初に、日本分析化学会についてあまりご存じない方も多いと思いますので簡単に紹介したいと思います。日本分析化学会は1952年に理・工・農・医薬の分野の枠を越え、産業界とも連携することを目指して設立され、現在では約8500名の産官学の会員が所属しており、日本化学会の部会同様、種々の研究懇談会が懇談会独自の講習会や討論会を開催するなど多様な活動をしています。また、和文、英文の学会誌として「分析化学」と「Analytical Sciences」を毎月発行しています。年に2回、5月に分析化学討論会、9月に分析化学年会を毎年支部持ち回りで開催し、今年は秋田大学で討論会、大阪大学で年会が開催されます。東北支部の誕生は1955年10月で、初代支部長には、化学教室の分析化学講座の二代目教授である箱守新一郎先生が就任されています。放射化学講座の初代教授である塩川孝信先生が1966年度、無機化学講座の三代目教授の田中信行先生が1970-71年度の支部長と、化学教室では放射化学、無機化学、分析化学の研究者が日本分析化学会の東北支部に参画されていました。最近では、無機化学講座の四代目教授の荻野 博先生が1995年度の支部長を務められました。東北大学の中では、理学部、工学部、薬学部、農学部、また片平の研究所にある分析化学関連の研究室間でスポーツ大会や学術講演会を開催して、分野横断的な関係を保っています。

 次に、多少昔話となりますが、私は、東京大学工学部工業化学科の分析化学教室で、学士、修士、博士号を取得し、助手、講師を勤めました。この教室には、無機工業分析化学講座、有機工業分析化学講座、機器分析化学講座と3つの分析化学の研究室があり、学部の学生実験では、前期に化学天秤でメスフラスコの風袋を量る実験に始まるウエット分析を、後期に、赤外分光法、質量分析法(タイガー式手回し計算機を使いました)、スパーク発光分析法(2mを越す大きさのツエルニーターナー型分光計と大きな写真乾板を見た驚きは今でも残っています)、メスバウアー分光法など、3つの研究室の中にある測定装置を使った機器分析実験がありました。今の化学教室の学生実験室と同程度の分析化学専用の実験室があり、専任講師1名、助手1名、技官4〜5名が在籍して、分析化学が極めて盛んな教室でした。私は、シルバースタインの「有機化合物のスペクトルによる同定法」を講義していた田中誠之先生が所属していた有機工業分析化学講座に配属を希望し、学生時代は、磁気円二色性に関する研究をしていました。研究室にある備品は、直視天秤1台と乾燥機1台だけで、学科共通の紫外可視分光光度計と円二色性測定装置を利用していました。四塩化炭素500 mL一本の購入を助手の先生に頼むのさえ躊躇した記憶が残っています。

 さて、今回の受賞の対象は、助手に採用された以降に取り組んだ仕事です。細かな話は別にして、助手に採用されたときにミクロ高速液体クロマトグラフィーによる環境分析をするように指示されたのですが、一年間、環境水の分離・濃縮などを行いながら、どうもこれは自分の性には合わないと感じ、測定系開発の方向に研究を転じました。指示とは違う方向の研究を行う私を、叱責されることもなかった寛容な田中先生には深く感謝しています。ミクロ高速液体クロマトグラフの定性的検出法として、赤外、ラマン、質量分析法とをオンライン結合した測定系、FTIRを用いた光音響法や円二色性測定装置、熱レンズ分光法を用いた高感度検出法の開発などが1970年代末から1980年代半ばにかけて進めた研究となります。予算は科研費の奨励研究がベースでしたので、秋葉原で電気部品などを購入して増幅器やフィルターを自作し、また旋盤やフライス盤の使い方にも習熟しました。1980年代半ば以降も、FT-ラマン測定系(これも当時は市販品はありませんでした)の開発などに従事しましたが、測定装置を作るだけではなく、分析対象となる物質系を意識した研究を行いたいと思うようになりました。名古屋大学助教授のときには導電性ポリマーの電解合成とFT-表面増強ラマン散乱の研究に従事し、東北大学に着任後は反応場を意識した化学センサーや測定法の開発を進めています。

今回の受賞は、多くの方々のご指導、ご協力によるものであります。この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。昔話を書いていると、自作した測定系で初めて応答らしきものを見つけたときなど、自ら携わった実験の中での喜びを思い出します。感動の気持ちを大切にしながらさらなる発展に向けて化学教室の皆様と歩んでいきたいと思っております

2006年2月







日本化学会学術賞を受賞して

山下 正廣


 この度、「強相関電子系ナノワイヤー金属錯体の創製と物性に関する研究」で日本化学会学術賞を受賞致しました。この研究は私が九州大学大学院修士1年の秋に指導教授から独立して、図書館に通って毎週100報以上の論文を読みあさり、自ら探したテーマの延長線上のものであり25年以上かかってやっと評価されたものであります。言うまでもなく、その間に多くの先輩や共同研究者や研究室のスタッフ、院生の助言や協力や努力の賜であることは言うまでもないことです。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

 修士1年の秋に独立して自ら研究テーマを探さなければいけなくなり、多いに悩みました。その当時まず考えたことは、当然、誰もやったことのない研究テーマ、成果が教科書に載るような(歴史に残るような)研究テーマ、などいろいろと思い巡らせました。結果的には誰もやっていない「境界領域分野」が狙い目であると言う結論に達しました。当時の錯体化学は「生物無機化学」の華やかな時代であり、錯体化学と生物との境界領域でした。私も大変興味を抱きましたが、それをやっても後追いになると考え、これまでほとんど手の付いていない錯体化学と固体物性物理の境界をやることに決め、「低次元金属錯体(ナノワイヤー金属錯体)の科学」と言う分野を作ろうと決意しました。まず手がけたのは擬一次元鎖ハロゲン架橋白金系2価?4価混合原子価錯体でした。しかし、これの起源は100年以上前のWolfframらの合成が最初で、その後はその錯体の誘導体の合成が中心でありました。叉、同様のパラジュウム錯体も少なからず合成例がありました。私はこれらの錯体の物性研究をやり、強い電子・格子相互作用に起因する大変面白い現象を発見しました(大きな振動子強度を持つ電荷移動吸収帯、高次の共鳴ラマン散乱、大きなストークスシフトを持つ発光、ソリトンやポーラロンなど)。しかし、この研究のオリジナリテイはWolfframにあるわけで、いくら発展させても自分の分野を作ったことにはならないので、別の研究テーマを探さなければいけなかったわけです。ある時、周期律表のもう1個下のニッケルではどうなるであろうか?と思いつき、文献を調べましたが1例も報告がありません。そこで早速、合成に取り組みましたが1年間近く、全くうまく行きませんでした。水溶液中でパラジュウム錯体と同様の合成法を用いたわけですが、水溶液中ではニッケル3価や4価は不安定であるということに気づき、無水メタノール中でハロゲン酸化を行ったところ、金色に輝く微粉末を得ることに成功したわけです。今でもその時の様子を思い出すことがあります。元素分析からはニッケルの形式酸化数は3価なのですが、2価?4価混合原子価の可能性もあったわけです。単結晶が取れて構造解析ができたのはそれから7年後でした。構造解析してみると架橋臭素イオンはなんとニッケル間の中央にあったわけです。つまりニッケルは3価だったわけです。すべての白金やパラジュウム錯体では電子格子相互作用のために架橋ハロゲンは金属間の中央からずれて2価?4価混合原子価状態を取っていましたが、ニッケル錯体では強相関電子系のために架橋ハロゲンが金属間の中央にあったわけです。すなわちパイエルス歪みのない世界初の化合物の合成に成功していたわけです。早速、J.Ame.Chem.Soc.に論文を投稿したところコメントは”Very Good !!”だけで、掲載されました。すぐに、ノーベル化学賞を受賞していたProf. R.Hoffmanに別刷りを送ったところ、すぐに返事が返って来て、「既に君の論文についてはグループセミナーで議論した。しかし、なぜ架橋ハロゲンが歪んでいないのかについては分からない」という返事が返ってきました。つまり、彼は強相関電子系と言う概念をその当時、理解していなかったわけです。強相関電子系が注目を浴びるようになったのはBednorzとMullerの酸化物銅高温超伝導体の発見からですが、我々はそれよりも5年以上前にニッケル錯体で強相関電子系の重要さを発見していたことになるわけです。今もこのニッケル錯体の研究を続けています。世界最高の三次非線形光学効果も観測しました(Nature, 405, 929(2000)。また、STM(走査型トンネル顕微鏡)を用いてソリトンを直接観測することにも世界で初めて成功しました(Angew. Chem. Int. Ed., 43, 3171(2004)。白川先生らはポリアセチレンのソリトンなどの研究でノーベル賞を受賞されたわけですが、彼らはソリトンを直接観測することはできなかったわけです。このニッケル錯体はまだまだ研究するところがたくさんあり、多分、定年までこの研究を続けるであろうと考えております。修士2年生の時に合成した化合物で一生、飯を食うことになりそうです。

 冷静に自分のこれまでの研究生活を振り返ってみると、非常に幸運であったという思いがします。何よりも「人」との出会いです。修士1年生で教授から独立して自分の好きなテーマをやることができ、博士をとった後は分子研の伊藤翼先生(私の前任教授・東北大名誉教授)の研究室に学振のPDとして移り、また好きなテーマをやらせてもらい、九大教養部の村瀬教授の助手として雇われてからも好きなテーマをやらせていただき、その後の名古屋大学時代、東京都立大学時代を通してこれまで自由にやってこれたわけです。これらの先生たちとの出会いも大変幸運だったと思います。また、分子研時代に固体物性物理の三谷先生や物性物理理論の那須先生と共同研究を始めることができたのも幸運でした。私は50歳も過ぎて現実的に研究ができるのも後10年くらいであろうと考えておりますが、この10年で「次世代型高次機能性ナノ金属錯体の科学」と言う新しい分野を作ろうと考えております。幸い、科学技術振興機構CREST(JST)の「ナノ量子磁石」も、科研費「学術創成研究」の「巨大三次非線形光学効果をもつ強相関電子系ナノワイヤー金属錯体」も順調に研究が進んでおり、毎月の海外出張をこなしながら、世界トップを目指して頑張るつもりです。ご期待下さい!!

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日本化学会進歩賞と第1回Merck Banyu Lectureship Awardを受賞して

井上 将行


昨年度(2005年)、「神経細胞に特異的に作用する複雑な天然有機化合物の全合成」という内容で、日本化学会進歩賞と第1回Merck Banyu Lectureship Awardを頂きました。受賞の対象となった研究は、東北大学に赴任してから約5年間で行われたものであり、ご指導を賜わった平間正博先生と、共同研究者である平間研究室の学生・卒業生の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

私は、生物活性天然有機化合物の化学合成を中心に研究してきました。多くの天然物は、多様で重要な活性を持っており、人類に対する貢献は多大です。現在では高度に洗練された分光法により、自然界から得られた新しい天然物は極微量(1 mg以下)で構造決定することができます。一方で、その活性自体の研究は、天然物自体の微量さのため阻まれることが多く、その場合合成がサンプル供給のための唯一の手段となります。そのため、天然物をいかに効率的・量的に供給できるかが、現代有機合成化学にとってますます重要な課題となっています。我々は、神経細胞に強力かつ選択的に作用する多環状骨格を持つ複雑な天然物に最も興味を持っています。複雑な生理活性天然分子の全合成による量的供給を基盤として、複雑かつ精緻な神経システムを総合的に理解するのが目的です。いままでに、様々な三次元分子構造の精密構築法を開発し、ナノメーター以上の大きさを持ついくつかの標的化合物を全合成することができました。

東京大学大学院理学系研究科化学専攻の橘和夫先生のもとで、大学院生としてはじめて研究に携わりました(1993-1998)。天然物を用いた生物有機化学研究がご専門の橘先生を初めとして、NMRによる構造決定の第一人者、村田道雄先生(現・大阪大学)、天然物合成化学者の佐々木誠先生(現・東北大学)が研究指導をされていました。専門分野の異なる三人の先生方のご指導を受けたことで、当時の私の研究テーマだった全合成だけではなく、より幅広い分野を学ぶことができました。その後、博士研究員として天然物全合成の重鎮であるDanishefsky先生(Columbia大学)といっしょに働く機会を持ちました(1998-2000)。Danishefsky研は、10数人の同世代のトップレベルの博士研究員が、切磋琢磨しながら研究に携わっている、まさに博士研究員として理想的な環境でした。またDanishefsky先生からは、研究遂行の際の論理的展開の重要性を教えていただきました。米国から帰国して、平間正博先生のもとで、助手として新しいアカデミックキャリアーをはじめました(2000-)。平間先生からは、考えうる限り最高の環境をいただき、研究室運営を最初から教えていただきました。平間先生のご指導とご支援をいただき、多くの学生たちといっしょに研究者として成長することができました。

Merck Banyu Lectureship Awardは、日本の有機合成化学を専門とする若手研究者に米国の主要大学で講演する機会を与える目的で設立されました。私は、二週間の期間で7大学と2製薬会社で講演させていただきました。様々な主要研究機関の人たちと、多くの情報交換をしたことによって、現在の米国でのサイエンス事情の一面を知ることが出来ました。特にどの先生方も、現在までの化学と自分の創出した新しい化学の「差別化」を非常に意識したプレゼンテーションをするのが印象的でした。どのようなインパクトを与えるかということを常に考え、クリエイティブであろうとする彼らの態度は、大変勉強になりました。一方、米国の現在の研究予算の事情はあまりよくないという人が多かったように思います。ほんの一握りの研究室以外は実際に、研究費獲得に常に躍起にやらなくてはいけないということになります。彼らから我々を見ると、優秀な学生の数・機器・予算という点で大変恵まれていると感じるようです。エキサイティングで張り詰めた二週間の経験と沢山の素晴らしい人々との出会いを、今後の研究・教育に生かせるように、努力していきたいと思います。

末筆になりましたが、今後とも東北化学同窓会の皆様のご支援、ご鞭撻を頂けますようお願い申し上げますと共に、同窓会の皆様のますますのご発展を祈念いたします。

写真:Merck-Banyu Lectureship Awardでの講演後、かつてのDanishefsky研同僚とのひとこま(左からLawrence Williams先生(Rutgers大学), 筆者, Chulbom Lee先生(Princeton大学))





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松尾学術研究助成を受けて

―赤血球の光誘起回転ダイナミクスの理論構築へ―

河野 裕彦(昭和51年卒)

このたび、研究課題「強レーザー光とマクロ系との相互作用の分子モデリング −赤血球の光誘起回転ダイナミクスへの応用−」に対して、松尾学術振興財団より研究助成金を頂きました。平成17年10月18日東京如水会館にて,財団の理事・評議員及び文科省関係者出席のもと,第18回(平成17年度)松尾学術研究助成金の贈呈式が行われました。松尾重子氏が財産を醵出し設立されたこの財団は,基礎物理学と音楽(若手の弦楽四重奏団の育成)を助成していると言う点で非常にユニークなもので、松尾学術研究助成金は主に原子物理学及び量子エレクトロニクス・量子光学の基礎に関する研究を助成対象にしています。時流に乗った応用指向の研究に膨大な研究費が流れる昨今,成果が出るまでに時間を要する基礎研究に目を向け,この低金利の時代にもかかわらず研究助成を続けておられる財団関係者のご尽力に敬意を表したいと思います。

助成金を頂いた研究テーマではレーザーの光に捕らえられた赤血球細胞の動きを理論的に解明することを目指しています。インドのMathur教授らは,赤血球細胞に近赤外レーザー光(波長?=1064nm, 光強度I<106W/cm2)を照射すると両凹円板状からラグビーボール様に変形することを米国光学学会誌Optics Express 12,1179(2004)に報告しています。照射後は元の構造に戻り,生きた細胞として観察が可能です。さらに興味深いことに、レーザー光をマラリア感染した赤血球に照射すると,ねじれ構造となり,回転する(回転速度20-300 rpm)という現象が見つかりました。Mathur教授(インド)は2004年3月に日本―インド共同研究プログラム(日本学術振興会)で私どもの数理化学研究室に滞在され,その際,この興味深い実験を私たちに紹介されました。私たちもその実験の魅力にとりつかれ,数理化学研究室の藤村勇一教授,加藤毅博士とともに理論解析を行っていくことになりました。

マラリア感染した赤血球がなぜねじれるのか,また、偏光軸が回転しない直線偏光レーザーを照射しているにもかかわらずなぜ回転するのか,その機構は全くわかっていません。私たちは, 光との相互作用を取り込んだ弾性細胞ミクロモデル(分子モデル)を構築し、単一細胞の光誘起形態変化の機構を解明することを目指しています。さらに、特定方向への持続的回転の起源を明らかにし,赤血球細胞の動的制御(バイオモーター)のシナリオを提案しようと考えています。マラリアは現在でも年間に100万人以上の死者が出る恐るべき感染症で,病理学的応用も視野に入れた研究が期待されています。

赤血球のミクロモデルの構築には,私たちの研究室で開発してきた強い光と分子との相互作用理論が役立つはずです。また,赤血球の回転機構を解明することによって,逆に,原子・分子・光科学へのフィードバックもできるのではないかと考えています。例えば,ミクロモデル構築の技法を,C60フラーレンなどの大きな分子のダイナミクスを扱うモデルの構築にも還元したいと考えています。赤血球を対象とした本テーマは松尾学術振興財団のこれまでの研究助成の範囲から少しはずれているようですが,その新奇性と分子科学へのフィードバックの可能性を評価されたと思います。

光によって誘起される細胞のダイナミクスは未知の部分が多く,学際的な研究領域です。私たちの知識も非常に限られており,東北化学同窓会の皆様からご助言を頂ければ幸いです。今後とも東北化学同窓会の皆様のご支援、ご鞭撻を頂けますようお願い申し上げるとともに、同窓会の皆様のますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。

写真のキャプション:

Mathur教授(向かって右から2人目)と共同研究者の方々。左端が私。中央が赤血球を捕捉する光ピンセット装置。ムンバイ(ボンベイ)のTata研究所にて2006年1月27日撮影。



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有機合成化学協会研究企画賞大正製薬研究企画賞を受賞して

中村 達



この度、有機合成化学協会より「有機合成化学協会研究企画賞大正製薬研究企画賞」を賜りました。受賞にあたりまして、学部4年での研究室配属以来今日まで常に厳しくも温かくご指導くださりました山本嘉則先生に深く感謝申し上げます。また、研究に関する有意義なご助言をいただきました浅尾直樹先生、門田功先生、中村浩之先生(学習院大学助教授)、斎藤慎一先生(東京理科大学助教授)、塚田直史先生(東北大学大学院工学研究科助手)、上條真先生(フロリダ州立大学博士研究員)にこの場にて厚く御礼申し上げます。

今回の受賞は「遷移金属触媒による炭素−ヘテロ原子結合の分子内付加反応の開発と実践的応用」という研究テーマに関わるものです。私は学生時代より山本先生の元で「遷移金属触媒による付加反応」に関する研究を行っております。山本先生の持論である「付加反応は従来の置換型反応に比べ副生成物が生じないより環境調和型の化学変換プロセスである」というご発想に初めて接した時に深い感銘を受けたことをよく覚えています。以来、触媒的付加反応を軸に研究を行った来たのですが、博士課程修了後、山本先生より助手として引き続き研究をしてよろしい、とのお許しを頂戴しましたので、これを機に何か全く新しいタイプの付加反応を開拓しようと考えました。私はこれまでにあまり研究例のない炭素−酸素や炭素−窒素、炭素−硫黄結合といった「炭素−ヘテロ原子結合の触媒的付加反応」が新しい有機合成手法になるのではないかと考え研究を進めたところ、最近この方法論により多置換ベンゾフランやインドール、インデンなどが原子効率的に合成できるという興味深い結果が得られました。これらの結果につきまして有機合成化学協会よりご評価頂きまして、今回の受賞に至った次第です。

ただこの賞はあくまでも「研究企画賞」であり、いわば、これからもっと精進しなさい、という責任のある賞であると思っております。この「炭素−ヘテロ原子結合の触媒的付加反応」という手法を発展させ有機合成に実用することができるメソッドにまで熟成することにより社会に貢献できるよう日々研究に努めていきたいと考えております。

この研究を実際に進めているのは反応有機化学研究室に配属された優秀な学生さんたちであり、その弛まない努力により今日の研究者としての自分があることを深く感謝しています。

私のような才薄い人間が、入学以来14年間このような充実した研究環境で優秀な諸先生、先輩後輩、そして学生さんに囲まれて研究できることに大変な幸運を感じております。今後一層教育・研究に精進し、少しでも化学教室に恩返しができればと思っております。今後とも東北化学同窓会の皆様よりご指導ご鞭撻いただければ幸いに存じます。




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The Asian and Oceanian Photochemistry Association Prize for Young Scientistsを受賞して

畑中 耕治

この度、The Asian and Oceanian Photochemistry Associationにおいて"Intense Femtosecond Laser Interaction with Solutions; from Laser Ablation to X-ray Pulse Generation"と題する研究内容に対してPrize for Young Scientistsを受賞いたしました。受賞にあたり、今もなおご指導いただいている増原 宏先生(阪大)、福村裕史先生(東北大)、朝日 剛先生(阪大)、坪井泰之先生(北大)をはじめとする当時の阪大増原研究室の皆様、また貴家恒男博士、河西俊一博士、一ノ瀬暢之先生(京都工繊大)、伊藤民武先生(産総研高松)をはじめとする当時の日本原子力研究所光量子科学センターの皆様、また東北大に移ってからパルスX線関連研究の立ち上げに共に従事してくれた三浦聡文君(’03年修士卒)、尾高英穂君(D2)、小野博司君(D1)、松島進一君(山内研、M2)、井田貴仁君(伊藤研、M1)、蓬畑健一郎君(伊藤研、M1)、Sabine Biebelさん、Liyan Zhao博士(当時COE研究員)をはじめとする福村研の皆様に厚く御礼申し上げます。

私は、増原 宏先生(’68年修士卒)のご指導のもと、大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻で’99年3月に博士学位を取得した後、幸運にも福村裕史先生に拾われ翌4月から化学科有機物理化学研究室の助手として研究を続けていく機会を得ました。以来早くも丸7年が経とうとしております。当初の数年は福村研究室の立ち上げに奔走しつつ、何か面白いことができないかと模索し、一部記憶がないほど苦しみ、藻掻いていたように思います。様々な“文化”の衝突もあり、阪大(大阪)/東北大(仙台)、工学部/理学部、応用物理学/化学といったパラメーターの違いで理解しようとも試みていたかもしれません。そんな中、当時私にとっては初めての学生となる三浦君と共に実験室にこもり、今回の受賞の種となる水溶液にフェムト秒レーザーを照射することでパルスX線が発生するという現象を見いだしました。以来、パルスX線発生のメカニズム解明だけでなく、分子構造の変化、化学反応に伴う酸化数の変化をパルスX線で捉えることができるのではと現在も研究を続けています。また自らの研究歴を振り返ると、阪大時代から一貫して高強度レーザーと物質、特に液体との相互作用に関して、種々の分光法やイメージング法を駆使して議論を進めることを試みてきました。レーザーはナノ秒からフェムト秒へと、レーザーパワーはギガワットからペタワットへと変遷してきましたが、レーザーパワーの軸に沿って現象を理解しようとするスタンスに変わりはないように思います。今回、そうした取り組みがアジアで評価され受賞に至ったと考えています。これを機にさらなる飛躍をと、もう一度藻掻き始めているところです。

多くの先生方、学生の皆さんに支えられてきたことを改めて幸運と感じ、感謝しております。最後になりましたが、現在もなお研究の機会を与えていただいている福村裕史先生をはじめとする化学科の皆様に心から御礼申し上げます。


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日本分析化学会奨励賞を受賞して

山口 央

 このたび,日本分析化学会より平成17年度奨励賞をいただく栄誉に恵まれました。受賞の報告にあたり,学部学生の頃から終始暖かく御指導いただきました分析化学研究室・寺前紀夫先生に深く感謝を申し上げます。

 今回の受賞対象となった研究課題は「表面第二高調波発生分光法の開発および機能性界面の創製」という業績であります。業績の中心である表面第二高調波発生分光法の開発は,本学科の分析化学研究室に配属された際に頂いた研究テーマであり,今回の受賞にあたって学生時代の研究室生活が改めて思い出されます。学生時代に培った研究に対する真摯な姿勢は今の自分の礎であり,時には厳しくもあった内田達也先生(現東京薬科大学生命科学部)および分析化学研究室の皆様の御指導の賜であると感じます。

 博士後期課程を修了後,徳島大学の三澤研究室でポスドクとして2年間ほど勤務させて頂き,金ナノ微粒子を利用した固体基板上でのDNA検出技術の開発という研究を行いました。また,三澤研究室のメインテーマであったマイクロマシニングやフォトニック結晶をはじめ光化学分野における幅広い知識と経験を得ることができました。ポスドク時代に御指導頂いた三澤弘明先生(現北海道大学),そして三澤研究室の皆様に深く感謝申し上げます。

 平成14年2月から寺前研究室の助手として勤務させて頂いております。その間,寺前先生をはじめ早下隆士先生(現上智大学),西沢精一先生,森田耕太郎先生の御指導と御協力を頂いたことに深く感謝申し上げます。さらには,私と共に研究を展開して頂いた学生の皆様によって現在の研究を進めることができました。ここに厚く感謝申し上げます。

 寺前先生は,よく山登りを例に研究生活と研究スタイルについてお話下さいます。「未踏峰を探し,ルート設定と装備点検をし,着実に到達する」。未だルート設定が不完全なため脇道に脱線しがちで,学生の方々を混乱させる毎日ですが,これからも着実な到達を目指し研究と教育に鋭意専心していく覚悟であります。今後とも同窓会の皆様のなお一層の御指導と御鞭撻を賜りますようどうぞ宜しくお願い申し上げます。



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